テーマ:世相・時事

コロナ社会に学ぶ

逢ひたくて若葉に濡れて来たりしか 玉宗 令和二年当初から続く「コロナ社会」。 昨年の花祭りは稚児行列を中止し、法要も弟子と二人で修行した。初めてのことで戸惑いもあったのだが、大勢に倣ったというのが正直なところ。二年目になる今年であるが、第四波ということで石川県も感染者が増えている。連休では県外から多くの観光客が来てい…
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魚の貌・人間の顔・仏の相

      子を攫ふ顔し風船売る男 玉宗  嘗て、俳人・加藤楸邨は魚の貌が真面目であることに感心しているような文章を書いていた。魚の顔の真面目さに比べて、人間は少し真面目さが足りないのではないか。つまり、それは真摯に生きる姿勢の不徹底さを衝いているのであろう。如何にも人間探求派と呼ばれ、真実感合を唱えた楸邨の面目躍如…
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末世の比丘

堅香子の花に木漏れ日五合庵 玉宗            宗教の本質が改めて問われている時代になっていると指摘されて久しい。お坊さんが無自覚に流されてきたことが現代人に疑問視され始めているという文脈の中の話しなのだろう。お葬式や法事だけがお坊さんの役目であった時代が終わろうとしている。葬儀を取り上げてみても、それは宗教行事で…
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有縁無縁に囲まれて

宵を撞く鐘の音にも遅き日の 玉宗 檀家ではないのだが、近所で生活保護を受けていた一人暮らしの女性が亡くなった。 親戚筋に連絡も取れなかったらしく、数日経って故人と近所付き合いしていた方がお寺を訪ねて来た。事の成り行きで喪主という立場になり、亡くなったその日に市役所の所員立ち合いで火葬に付した。お骨になったので…
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總持寺開山太祖常済大師

諸嶽山總持寺開山弘徳圓明国師太祖常済大師瑩山紹瑾大和尚は、文永元年(1264)10月8日陽暦11月21日に出生されました。生誕の地は、越前国多彌観音堂之敷地(現・福井県武生市帆山町)とも、福井県坂井郡丸岡町山崎種の地とも伝えられています。 幼名は「行生」。8歳にして剃髪、永平寺三世徹通義介和尚に参じ、永平二代孤雲懐…
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大本山總持寺祖院震災復記念興落慶式

囀りや仏生まれて来たる日の 玉宗 4月6日、能登半島地震被災14年目にして復興を成し遂げた大本山總持寺祖院の復興記念落慶式に出席させて頂いた。横浜鶴見の大本山總持寺江川辰三大禅師猊下御親修のもとでの大般若経転読祈祷法要を御親修。両班として随喜した。 招待者等含め僧俗合わせて百名ほどが大祖堂に参列。法要の後、禅師様の御…
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葬式仏教批判の行方

供へたる樒も花となりにけり 玉宗 葬式仏教という言葉は、現代の仏教やお坊さんを揶揄するのに使われているのには違いない。それは、葬式しかしない仏教、お坊さんという意味であり、ひいては仏教本来の意義を見失った仏教という意味なのであろう。 江戸時代初期、幕府の宗教統制策によって、寺請檀家制度が設けられだ結果、仏教が…
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寄り添いという間の取り方

菜の花に吹く風だれも咎めざる 玉宗 先日、ある婦人が家庭内の事で相談にのってほしいとやってきた。 ギクシャクした嫁姑のこと。自分勝手な姑とそんな母親に育てられた我儘な夫への失望を語っていった。精一杯家族のために身を尽くしているのに分かってもらえないことからへの絶望感。子供がいることでなんとか自分も外で働きながら、嫁いだ先…
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祈りのかたち

花はみな祈りのかたちうららけし 玉宗 「願わくばこの功徳を以て普く一切に及ぼし 我らと衆生とみな共に仏道を成ぜんことを」 わたしはお通夜の説教の最後には必ず出席者に手を合わるようにお願いして上述の短いお経文を唱える。「普回向」と呼ばれるもので、どの宗派でも通用するものである。「ことを」で終わっている文脈か…
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小さなお葬式、大きなお世話・再考

龍淵に潜み火宅に灯が点る 玉宗  昨今、SNSは勿論のこと、マスコミ上に「小さな葬式」という宣伝広告が目に付き出した。「安く、費用がかからない葬儀」を「提供」する「業者」。お坊さんへの「お布施」もその削減すべき費用の項目に入っていて、当然のように僧侶一人で法要を執り行う。それに応じるお坊さんがいる。「直葬」「家族葬…
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苦楽の種?!

パンジーの裏が表であるやうな 玉宗 「人生に苦労の種は尽きない」というような言葉をよく耳にします。 この世に生まれ、ひとり立ち出来るまでは勿論のこと、家族や社会人として生きてゆくことの中にも数え切れないほどの「苦楽の種」が現れます。 然し、本来「種」には「苦楽」の色など着いていないのではないでしょうか。 …
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海の記憶、空の記憶

海の記憶空の記憶や三月来 玉宗 玉宗 三月である。 一般社会では卒業、入学、進学、就職、転勤、退職等々、出会いや別れがあり、期待と不安にゆれ動きながらも、いずれもが新しい日々への飛躍の一歩である。修行道場である僧堂でも送行する者と上山する者が山を出入りする。 そして、三月は震災の記憶が蘇える季節でもある。 能登半…
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「寺報・三月号」 法輪山興禅寺/鳳来山永福寺 

「寺報・3月号」 法輪山興禅寺/鳳来山永福寺      私はよく「越える」という言葉を使います。 例えば「煩悩を越える」と言った場合、煩悩を一方的に否定するのではなく、かといって肯定するのでもなく、先ずはその煩悩なるものの実体を見極めることが大事です。 煩悩と向き合い、その正体を明らかにすることから「越える」という飛…
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「新到さん、いらっしゃ~い!/その1・大きな声で存在を知らしめる」

新到の荷を枕辺に朧月 玉宗 宗門には本山のほかに日本国内や海外にもいくつかを合わせて三十ほどの修行道場がある。僧堂とも叢林とも呼ばれる。叢林とは樹木が叢がっている林という意味だが、修行僧が和合して一つの所に住んで、樹木のように静寂にまっすぐ修行に励んでいる場所を意味している。禅林とも栴檀林などとも称される。 …
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いのちの尊さに生きる

生きものの脛に傷ある涅槃かな 玉宗 女性差別問題で揺れている日本社会だが、仏道にあってはどうなんだろう。ひと昔前までは尼僧さんは格のあるお寺の住職になることができなかったことを宗門人ならば知らぬ人もおるまいし、知らぬふりをすることもできまい。現代でも宗門に於ける尼僧の相対数は低いが、今では愛知専門尼僧堂堂長でもある青山…
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コロナ後の社会?!

春立つやふらりと風の吹く方へ 玉宗  コロナ発生直後からコロナ禍での社会の変化、価値観の変質が指摘されている。命あっての物種を実感せざるを得ない状況に遭遇して、人はだれでも最低限必要なものを選択し、生きるのに無駄なものを省こうと本能的に身構える。それは一見至極当然な振る舞いに思えるが、生きるのに最低限必要なもの或いは無…
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仏道という生き方

魚は氷に仏弟子山に上りけり 玉宗 市内にある福祉施設から職員を対象にした法話の依頼があった。世に福祉産業といった名称があるのかどうか存知しないが、時代の要請のしからしむるところといった観が否めない。常識化していると云ってもよい。人間社会には様々な生き方があるのが現実である。その道に入ったならばその道の作法、宗旨、規…
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優柔不断ってどうよ?!

忠言も讒訴もならず着膨れぬ 玉宗  民放テレビで日本の首相の優柔不断ぶりを検証するが如き番組があった。出席したパレラー?コメンテーター?の全員が現今の首相を優柔不断とは認めてはいなかったようだが、テーマを主導したメインの心理学者が如何にもステレオタイプなものの捉え方であるのが少し気になった。心理学だけではないと思うが、凡そ「学…
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鰯の頭?!

寒き世に一人鈴振るばかりなり 玉宗 寒行托鉢もあと十日ばかりとなった。先日は門前から總持寺祖院僧堂の大衆一行が輪島市内の托鉢に来た。今年はコロナ感染拡大防止ということで輪島以外への遠鉢は中止となっている。例年点心供養をさせて貰っているのだが、世の会食自粛に倣って施主家での点心も中止だという。寒行で冷え切った体に施主家での点…
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無心に遊ぶ

福笑ひ笑へぬ顔となりにけり 玉宗  М1とかいう漫才を競う催しで優勝したなんとかという二人組の演技が漫才であるのかないのかといったその後の社会の反応が取り沙汰されている。漫才の定義があるのかないか、あるようでないようなことを云う識者や当事者もいたりして、問題があるとしたら那辺にあるのかないのか。どうでもいいような話では…
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祈りの力

雪掻いて無駄骨らしきもの残る 玉宗 寒行托鉢も七日を過ぎた。 礼年にない大雪で雪掻きもなんだが、托鉢して歩くにも難儀する。昨今は雪を解かすのに道路に融水装置が付けられるようになった。車には雪が解けて結構なことだが、歩道を歩く托鉢僧にはシャーベット状に融けた雪水は思いの外に冷たく、まだ裸足に草鞋で雪の上を歩いている方が…
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貧に学ぶ

  裸木となりて清々してゐたる 玉宗 「学道の人は尤も貧なるべし」という道元禅師のお示しがあります。 豊かであってはならない。「貧」であることこそそが「道」に親しむ要諦だというのです。貧しくてしかも道を思う者は、昔の賢人や後世の聖人が仰いでたっとぶところであり、仏祖や目に見えない世界の神たちのよろこばれると…
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大本山總持寺祖院復興事業完了

  能登半島地震から十四年。 今日の地元新聞に「大本山總持寺祖院復興完了」なる記事が載っていた。総工費約四十数億円を掛けての世紀の大事業であった。予期せぬ困難もあったようだが茲に復興を成し遂げられたことを同じく能登半島地震に被災し小規模ながらも再建することができた末寺住職として素直に喜びたい。總持寺だけではなく宗派と全国…
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お経って何?!

笹子来て習はぬ経を唱へけり 玉宗  先日何気にNHKの「チコちゃんに叱られる!」っていう番組を見ていたら、「お経って何?」という問い掛けにほかのタレントが答えに窮していた中で、一人駒澤大学で学んだというお笑い芸人が正解を言い当てていた。街頭でのリサーチ映像では一般人の中でも未だにお経の何たるかを弁えていないことに少なか…
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身辺ニ題

總持寺祖院亀山墓地にある二大尊並びに歴代独住禅師の墓地に板橋興宗禅師の分骨が埋骨されるということで、お声がけをして頂き、祖院監院老師はじめ山内役寮大衆と共に参拝致しました。 雪しぐれの空模様の中、読経の間はそれも止んでいましたが、終るや否や雷鳴が轟き渡りました。禅師様の獅子吼一声とも受け取らせて頂き帰山致しました。合掌。 …
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今日の以心伝心・方便現涅槃

狐火の携へてゆく風土記かな 玉宗  先日、板橋禅師の分骨が總持寺祖院に納められた。御誕生寺の新住職がわざわざ興禅寺に立ち寄って下さり、禅師の骨箱を床の間に置かせて頂き、献茶させてもらうことができた。鶴見の荼毘式には弟子の孝宗和尚が出席してくれた。遺骨に間向かうのは初めてである。私も夫人も感謝の念を新たにしたことである。…
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吾輩は猫であるのこころ

ボーナスと縁なき暮らし着膨れぬ 玉宗 吾輩は猫である。 お世話になっているお寺の住職が地元の新聞を見ていて、公務員にボーナスが出たという記事を読んだらしく、妙に落ち込んでいた。賞与っていうんですか、いつごろからの人間様の習慣なんだろうね。よくわからんが、もしかしてお盆やお正月を気前よく、気持ちよく、ひもじくない様にという…
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寺報12月号

『寺報12月号』 法輪山興禅寺・鳳来山永福寺       令和二年も師走となりました。コロナ禍の中、檀信徒の皆様にはご清寧のことと存じます。今年も様々な出会い別れ、ご縁がありました。    七月には私の受業師(得度の本師)である總持寺独住二十三世御誕生寺中興二世雲海興宗大和尚が御遷化されました。コロナ感染拡大防止…
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誕生日雑感

生きながら命枯れゆくいぼむしり 玉宗 今日11月16日が私の誕生日である。 満65歳になった。年金が戴ける年になってほくそ笑んでいたのだが、早速「介護保険料」なるものの振込用紙が送られてきて、その結構な負担金に生きる気力が萎えていく思いがしたのにはわれながら予想外な心理だった。 介護の世話になる日のための担保と…
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無事是貴人 

山眠りものみな遠くなりにけり 玉宗 願い事なんてしない方がいいのじゃないかと思うことがあります。一見願いが叶ったり叶わなかったりしたことも、時が過ぎれば糾える縄の如き次の因縁を展開します。願いが叶ったと言っては有頂天になり、大事なものを忘れ恩を忘れてしまう愚かさの繰り返しではなかったのかと。 畢竟、ものご…
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