テーマ:俳句の風景

母なるもの

            母は子とよりそひ草となりにけり 玉宗 もうすぐ義母が御年百歳になる。 子供たちは祝いの席を設けるつもりであるが、コロナ禍で予断を許さない。 能登半島地震の二年前に先代住職である義父に先立たれ、淋しい思いをしてきたことであろう。先代は九十四歳で天寿を全うしたが、義母は疾うにそれをク…
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初心に生きる

       緑陰に仏の遊びしてゐたる 玉宗 先日、法事の席でのこと。 お勤めが済んで「コロナワクチン」の話題になり、自慢気に予約を済ませたことを言って、相手に話を向けた。 「予約済みましたか?」 「生憎まだ六十歳にもなっていないんで・・・」 「・・・・、えっ、わしより年下だったの!」 思わずため口…
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塩見恵介第三句集『隣の駅が見える駅』

燕来る隣の駅が見える駅 惠介 塩見恵介第三句集『隣の駅が見える駅』(朔出版)を恵送戴いた。 帯文に〈 平成を駆け抜けた「船団」時代を総決算。初夏というより「惜春」を思いたい。初秋の風を身に受けながら「夏の果て」に心を寄せて 〉とある。 これだけでは意を汲めなかったので、あとがきを読んでみて納得した。今年五十歳に…
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山親父の思い出、そして・・草摘み。

故郷は親父も穴を出るころぞ 玉宗  輪島市下山町の山中に熊が出たということで、能登半島にもついに熊が出没することになった。水芭蕉の群生地のある辺りで、先日、夫人と弟子と三人で訪れたばかりである。( ゚Д゚) 猪捕獲用の檻?に入っているところを地元の猟友会の方が見つけたらしいが、仲間を呼びに行っている間に檻を壊して…
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言ひおほせて何かある?!・再考

花に冷え言葉足らずを悔いにけり 玉宗 季節外れではあるが、小林一茶に次のような句がある。季語は「蕎麦の花」で秋であろう。 しなの路やそばの白さもぞっとする 一茶 金子兜太先生はその一茶に関する著書の中で、この句から蕎麦の白い花から雪に難儀する故郷への思いがあった。世間では雪の白さに面白がっているが、…
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今日の以心伝心・親のこころ子のこころ

鳥雲に仏弟子山に入りにけり 玉宗 僧堂では冬安居の制中も開けて、雲水さんの春の送行、上山など解合の風景が門前でも垣間見える時季となった。 不安と希望を抱いての送行であり上山である。弟子も10年目の僧堂安居を迎えようとしている。ついこの間、上山したように思い出されるのであるが、間違いなく彼自身の掛け替えのない歳月を経て…
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記念写真って、どうよ?!

神妙な記念写真に納まる四月 玉宗  先日4月6日に行われた大本山總持寺祖院震災復興落慶法要での記念写真である。大祖堂前の階段を雛壇として前列から錚々たる宗門のお歴々が並んでおられる。元より身の程を知らぬ訳ではないので、当初は記念写真に入るつもりもなかったのだか、なんだかそれも慢心のなせる業のような気がして、流れ…
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總持寺開山太祖常済大師

諸嶽山總持寺開山弘徳圓明国師太祖常済大師瑩山紹瑾大和尚は、文永元年(1264)10月8日陽暦11月21日に出生されました。生誕の地は、越前国多彌観音堂之敷地(現・福井県武生市帆山町)とも、福井県坂井郡丸岡町山崎種の地とも伝えられています。 幼名は「行生」。8歳にして剃髪、永平寺三世徹通義介和尚に参じ、永平二代孤雲懐…
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葬式仏教批判の行方

供へたる樒も花となりにけり 玉宗 葬式仏教という言葉は、現代の仏教やお坊さんを揶揄するのに使われているのには違いない。それは、葬式しかしない仏教、お坊さんという意味であり、ひいては仏教本来の意義を見失った仏教という意味なのであろう。 江戸時代初期、幕府の宗教統制策によって、寺請檀家制度が設けられだ結果、仏教が…
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出家の本懐

鳥雲に仏弟子といふ旅人に 玉宗 彼岸の中日。今日も大本山總持寺祖院の法要に随喜した。 三日間に亘って執行される春彼岸会法要。開山二祖国師諸大和尚への嘆仏による献飯諷経。永代祠堂追善供養。旧納骨霊位供養と続き、塔婆供養となる。了而、法話。 今年は我が弟子がその役に当たっていた。 僧堂では「維那補」という配役…
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参道補修作務

如月やときどき妻に叱られて 玉宗  お寺の庫裏の玄関に続く参道(短いながらも・・)には飛石がべてあるのだが、隙間があって参拝者の歩行に不便であることあきらか。ということで、試された方もおられるかもしれんが、雑草対策をも兼ねた「固まる土」を使用して補修することにした。 この手のことは私より夫人の方が余程蘊蓄もあ…
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永福寺の桜

震災を共に生きたる桜かな 玉宗 永福寺の桜・染井吉野が輪島市の『景観重要樹木』に指定された。 写真は十年ほど前のものだが、ここ数年花数も少なくなって、風前の灯感を漂わせていたので、世代交代の若木を植樹しようかと思案していたところに今回の市役所からの誘い。夫人の要望もありご提案を受け入れた次第。 この…
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草摘みのこころ

草を摘むほかに用事もなかりけり 玉宗  蕗の薹を摘みに總持寺祖院の裏手にある小川べりをあるいた。谷川べりの山気はまだ頬に冷たい。  蕗味噌にするには薹が立ち過ぎてもいけない。開くか開かないかの蕾が良いようだが、それを見つけるのがなかなか難しい。というか、タイミング、出会いだね。お山の恵みを戴くのだから盗人根性丸出…
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いのちやわらかく 

菜の花やわだかまりなく空晴れて 玉宗 仏道はないものねだりではありません。自分さえよければそれでいいといった生き方とは志す方向が違うものです。それは「無常」や「苦」という現実を克服するために精神の柔軟さを獲得しなければならなかったということでもあります。 常ならぬものなど一つもありません。避けられない生老病死にジ…
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新到さん、いらっしゃ~い!/その3・挨拶を覚える

僧となる不思議な月日朧にも 玉宗  明日がない筈の旦過寮での生活も何日か続き、それにも慣れてきた頃、突然、古参和尚から次のような事を告げられる。 「明日、入堂するぞ」 「入堂」とは坐禅堂に入ることである。暫到の間は「外単」と呼ばれる堂の外側で坐禅をしていたのだが、入堂すると自分の坐る場所が畳一枚…
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新到さん、いらっしゃ~い!/その2・じっと我慢の子であるべし

少しづつ頭よくなる木の芽どき 玉宗  立ちッぱなしの苦行から開放されて「旦過寮」に通される「新到」さん。思わず心の中で「やれやれ」と安堵する。 然し、まだ正式に安居を許された訳ではないので、「暫到・ざんとう」さんとも呼ばれる立場であることを忘れてはいけない。お客さんでもなく、身うちでもない、変な感じ。「おい、…
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良寛という生き方

堅香子の影と寄り添ふ五合庵 玉宗  良寛さまの周りにはいつも子供たちがいたという。朝も夕方も懐くようにやってくる。それを一つも煩わしいと考えずに子供たちと一緒になって遊んでおられた。また、村人が畑を手伝ってくれと言えば、畑の中に入った。時には草引きもし、家の手伝いもした。月夜の泥棒に黙って蒲団を盗まれたり、墨が…
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涅槃会のこころ

涅槃図の月が最後に巻かれけり 玉宗 釈尊涅槃の日を慕ってお寺では涅槃会法要が営まれます。 僧堂では涅槃会接心を行っているところもあり、坐禅を以って報恩の誠を尽くします。一般のお寺では涅槃会法要を催し、涅槃団子を撒いたりして、お釈迦様の遺徳に思いを馳せ、お粗末な自己の生き方を新たにする機縁ともなりましょう。 仏教…
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出会いという宝 

春風やまだ調はぬ空ながら 玉宗 人を変え、人を育てるもの。それは出会いではないでしょうか。 出会いは人ばかりではありません。生老病死、天災人災、吉凶禍福、毀誉褒貶等々、様々な出会いがあり、そのいずれもが選ぶことができないものばかりです。 然し、本来、選ぶ必要もなく、全てがわたしの学びの糧、全てが私の鏡であること…
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托鉢の風景

托鉢の笠に窺ふ寒怒濤 玉宗  今日は輪島市の海岸沿いの光り浦地区を歩いた。 これが能登の冬の海の正体。こんな日に托鉢もどうかとおもうのだが、しやうがない。ふと、こんな風景の中で道元さんも瑩山さんも托鉢したことはないだろうなあといった感慨が湧いた。一方で、衣を汚したり濡らしたりするような場所や日に托鉢するものでない…
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「たかが俳句、されど俳句」再考

腸の一句もならず寒かりき 玉宗 俳句に手を染めて三十年以上になる。 この間、俳句を引き摺り、俳句に引き摺られてきたようなものだが、最短定型詩が自己表現の一手段であることを疑ったことはない。勿論、それは私の作ったものが作品としてすぐれているか月並みかということと別問題であるが。ご覧の通りの、殆どは凡百の類想の山であ…
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命の尊さ 

いのちほどの火の恋しさに寄り添ひぬ 玉宗 わたくしどもは、社会という謂わば横軸の世界に生きています。政治経済から災害からの復興、コロナ禍への対応といったこともそのような世界での支え合いとも言えましょう。 そして時にそのような地平座標軸でのいのちの価値、評価、相対的意義づけとでも言うべきものを与えられたりします…
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一歩一歩の人生

水っ洟ここにも一人ほとけの子 玉宗 寒行托鉢も中日となり折り返し。 今年は例年になく厳寒の寒中となって頗るやりがいがあるとも言えます。今のところ還暦を疾うに過ぎても歩けていられることに感謝ですな。お命様に合掌。負け惜しみではありません。雪の中、吹雪の中を一歩一歩を踏みしめていく托鉢。それがそのままわが人生であることを…
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仏の日

墓石の雪をのけてや仏の日 玉宗    大本山總持寺祖院管理の亀山墓地には、二祖峨山禅師並びに五院輪住大和尚、そして明治期以後の独住禅師卵塔が建ち並んでいる。 先日、興禅寺の朝の雪掻きを済ませてから、供花を買って亀山墓地に新基建立された本山独住二十三世板橋興宗禅師の卵塔をお参りした。墓地正面の山門を入って左側。禅師の…
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無心に遊ぶ

福笑ひ笑へぬ顔となりにけり 玉宗  М1とかいう漫才を競う催しで優勝したなんとかという二人組の演技が漫才であるのかないのかといったその後の社会の反応が取り沙汰されている。漫才の定義があるのかないか、あるようでないようなことを云う識者や当事者もいたりして、問題があるとしたら那辺にあるのかないのか。どうでもいいような話では…
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雪掻き作務

    雪を掻く朝飯前の顏をして 玉宗   昨夜からの吹雪で境内はアッという間に銀世界。本格的な雪作務の季節となった。昨夜、寝る前に二回雪を掻いて、朝の勤行を済ませての雪作務。思えばお寺の雪掻きは半端ない。小さいお寺ではあるが、参道、駐車場、階段、犬走り玄関先と、一般家庭よりは広い方だろう。そんなお寺を二つ管理しなければなら…
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「行」に生きる

鉄鉢の向かうに続く雪の山 玉宗 今年の寒の入りは五日。昭和六十二年に永福寺に入って以来続けている一人での寒行托鉢。先代住職は還暦を過ぎて辞めたということだが、私は還暦を五年過ぎても辞める気配がない。夫人には年金を貰うようになったら辞めようかなと言っていたのだが、貧しいお寺のお陰で托鉢も生涯現役でやり続けることになりそうだ。…
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 正月寺報

       新年あけましておめでとうございます。 一寸先は闇と言われます。諸行無常なる人生の歩みは、まさに闇を手探りして歩むようなもの。「闇」とは何か?わが思いを越えて展開する生死去来、時節因縁、諸法実相。それをしも人には「闇」と映るのではないでしょうか。  仏道は、そのような危うい人生の闇を歩む、一つ…
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人生の一大事

寺を抜け大根洗ふ水となる 玉宗  人生の一大事とはなんでしょうか。 生きていると次から次と様々な課題が生まれて来るものです。然し、それらの全てが「一大事、重要課題」と言い切るには大いにためらいがあります。一度きりの人生で、そんなことは採るに足りないと言いたくなるような「課題」が結構あるものです。人はただ「食べるために…
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季節のアルバム・結婚記念日

畳替へ終へたる妻が少し老い 玉宗  12月12日はわが夫婦の結婚記念日。 今から三十五年前、金沢大乗寺で板橋禅師式師のもと仏前結婚式を挙げた。これを機に禅師様には「あんたはいい奥さんを貰ったね」と生涯羨ましがられることになる。式が終って外へ出ると一転俄かに掻き曇り北陸名物「雪起し」が轟いたのを夫婦揃って今も忘れない。…
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