テーマ:拝啓、良寛さま

今日の木偶の坊「私って、何者?!」

嘆くかに藤垂れ空の只青し 玉宗 仏縁と俳縁というものが私の中では分かち難く彩られている。 出家するきっかけになったのは俳人・金子兜太先生との出会いがなければあり得なかった。その後、目に見えない縁に誘われて四十年近く生きて今にある。さてもこれを何縁と云うべきか。 出家して、俳句のとも縁が切れるのかと思いきや、この…
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もう一人の自己に出会うために

選ばれし者の如くに春愁ひ 玉宗 新しい世界へ足を踏み出すには不安と期待の綯い交ぜの落ち着かなさがある。 顧みれば、人生とは別れと出会い、そして発見や感動、失望の連続であり、後先も明らかならぬまま、今の命を戴くばかり。人の先入観や都合を少しづつ裏切り人生は展開していくとも言えよう。多くの人は絶望を経験した上で人生の選択を余…
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新到さん、いらっしゃ~い!

新到の荷を枕べに月朧 玉宗 曹洞宗の僧堂では一般的に春になると、暇乞いする雲水と上山する雲水が出入りする。 今春に上山する新参の雲水さんを特に「新到・しんとう」さんと呼び習わしている。入門の儀式は型に嵌ったものであるにしても、中々新鮮なものである。 どこの社会でも同じかもしれないが、試用期間があるし、事前通知は…
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拝啓、良寛様 「越の国の旅」

生きながら伝説死して朧なる 玉宗 夫人と二人で富山、新潟へ出掛けた。 初日は、上越糸魚川にある法類寺院に拝登。 永福寺の歴住に名を連ねているのは勿論のこと、私の嗣法の血脈に於いても法類に当たることから、先代住職の代からお付き合いがあるのだが、未だ伺ったことがなかったのっで、夫人と一緒に出掛けたのである。 …
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待つということ雑感

うすらひのしづかに岸を離れけり 玉宗 どうも、「待つ」ということが苦手である。 せっかちな性格ではあるが、それは人を「待たせる」ことは罪悪であるという強迫観念の裏返しではないのかと自己弁護したくなる。いつの頃からか約束の時間を守らないことが人として最低の行為でもあるように思っているような節がある。そんな私であるか…
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良寛と一茶

日に解けし雪の雫や青木の実 玉宗 良寛は一茶より7年早く生まれて6年後に亡くなった。二人はこの世に65年間も一緒に住んでいたことになる。良寛は諸国修行ののち、1795年(寛政7年)、38歳で越後に帰る。翌年から国上五合庵に棲み、寓すること18年。更に乙子神社境内の草庵に約10年、最後は、三島郡島崎の木村元右衛門の庵に住…
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虚空のごとく「什麼物恁麼来」

こんな夜は能登の地酒を温むべく 玉宗 物があり余り、使い捨て、ゴミに埋もれてしまいそうな現代。 良寛様の貧しかった生活を想像することも難しい時代ではある。五合庵での暮らしでは今晩食べるものがないことがよくあり、「味噌を一欠けら」門前の庄屋さんに無心した書付のようなものがあるという。 また、次のような逸話、伝説も…
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拝啓、良寛さま 『本来の面目に生きる』

どんぐりころころ同胞みんなちりぢりに 玉宗 私たちはこの世に生まれる事実を、自分が生まれる以前から存在している世界へ飛び出して来たかのごとく考えています。あたかも人生という客観的舞台へ登場するように。私が舞台に現れる以前から人間の人生劇場は続いており、私が死んで舞台を去った後にも世界は何事もなかったかのように舞台が続け…
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等閑に生きる

月影にいのち澄みゆく道元忌  玉宗 良寛様の詩に出て来る言葉として宗門のお坊さんの間ではよく知られている次のようなものがあります。 生涯懶立身 生涯身を立つるに懶く  騰騰任天真 騰騰として天真に任す  嚢中三升米 嚢中三升の米  炉辺一束薪 炉辺一束の薪  誰問迷悟跡 誰か問はん迷悟の跡 何知名利塵 …
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戦争とお坊さん

国を出て国を思へり秋ひとり 玉宗 政教分離という概念はいつごろからのものだろうか。 戦争とお坊さんを考えるに当たって先ず、そのようなことが脳裏を去来した。それはおそらく、日本の歴史の中で、宗教が政治と深く、そして陰に陽に関わってきた負の遺産からの清算を期してのことだったのではなかろうかと思うからである。 生きる…
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山河大地というお経

夏花摘むだけの人生とはなりぬ 玉宗 歳時記には多くの季語季題が載せられている。 「山笑う」「山滴る」とか「亀鳴く」「蚯蚓鳴く」「守宮鳴く」とか常識では俄かに受け入れ難い季語がある。俳人とは口から出まかせを言うものだと思われる方もいるのだろうか。「山笑う」は春の山の木の芽や草木の綻び始め、彩り始めた様子の自然観察からの…
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放てば手に満つ世界

蛍見しまなこ大事に眠るなり 玉宗 良寛さまの周りにはいつも子供たちがいた。 子供達が朝も夕方も懐くようにやってくる。それを一つも煩わしいと考えずに子供たちと一緒になって遊んでおられた。また、村人が畑を手伝ってくれと言えば、畑の中に入った。時には草引きもし、家の手伝いもした。月夜の泥棒に黙って蒲団を盗まれたり、墨がなく…
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等閑、良寛的生き方

青田風素通りしたる庵かな 玉宗 「等閑・とうかん」 一般的には「なおざり」と読むのだろうし、 いいかげん、本気でない、おろそか、といった意味合いで受けとられ使用されているのだろう。ところで、この言葉は良寛様の詩に出て来る言葉として宗門のお坊さんの間ではよく知られている。 生涯懶立身 生涯身を立つるに懶く  騰…
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今日の残念・「拝啓、良寛さま」その後×3

いふなればへくそかづらのやうな娘で 玉宗 わがエッセイ企画『拝啓、良寛さま』であるが、先日出版の可能性を高らかに歌い上げたんですが、ここにきてチャラになった。まあ、いろいろ双方の行き違い、思い違いが織為しての今回のバタバタ劇ではありました。 結局、自費出版の道しか世に出る方法がないことを認めない訳にはいかなくなった。…
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今日の捨てる神、拾う神・「拝啓、良寛さま」企画、その後のその後

涼しさやゆるやかにして水ながれ 玉宗 世に「捨てる神あれば、拾う神」ありといいますが、 先日来から公言している、わがエッセイ集「拝啓、良寛さま」売り込み企画。ある仏教系出版社が反応してくださり、約50万字に及ぶ原稿を読んで下さり、出版へ向けて検討しているとのこと。但し、原稿は約3分の1になる原稿用紙400字が300枚…
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拝啓、良寛さま企画・その後

困るほど実梅をくれてゆきにけり 玉宗 先日言ってのけた、わがエッセイ集なる「拝啓、良寛さま」出版企画売り込みであるが、「世の中甘くない!」というのが今更の感想である。今日まで三社に断られた、というより門前払いという次第。基本的に持ち込み対応はしていないといったものである。 それはそうだよね。文学賞でも取ったことの…
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拝啓、良寛さま・「煩悩即菩提」

茎立菜見捨てられたといふ風に 玉宗 拝啓、良寛さま。 北陸にも遅い春の足音が聞こえてまいりました。三月は出会いと別れ、旅立ちの月でもあります。そして震災への鎮魂に思いを致す月でもありましょう。近くは東日本大震災、そして個人的には能登半島地震での被災と再建の記憶。この間、私はなにを学び、脱皮したでしょうか。全てが変わっ…
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拝啓、良寛さま「出家の本懐」

仰ぎゆく空の高みに夏椿 玉宗 拝啓、良寛さま。 六月も晦日近く、今年も半分が終ろうとしています。無為に過ごしても光陰は矢の如く、仕出かしてしまったことや何もしなかったことへの悔いや愚痴が顔を覗かせたりします。 小さい頃から競争が苦手の泣き虫小僧で、人間より山や川や海の世界で遊んでいることの方が得意でした。 人生…
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拝啓、良寛樣 「その日暮らしのススメ」

ふるさとを離れて生きる更衣 玉宗 拝啓、良寛樣。 良寛さまの周りにはいつも子供たちがいました。子供達が朝も夕方も懐くようにやってくる。それを一つも煩わしいと考えずに子供たちと一緒になって遊んでおられました。遊ぶというよりそれが良寛さんの一日の暮らし方でした。一日に大部分をそうやって暮らしておられました。また、子供…
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拝啓、良寛樣 「ひとり游び」

しばらくは言はれしままにチューリップ 玉宗          よの中に交らぬとにはあらねども    ひとり游びぞ我れはまされる 良寛 拝啓、良寛樣。 五月になりましたが、例年より寒い日が続いています。 さて、生きている現実、事実を尊重するにやぶさかではないのですが、正直なところ、以前それらは何か物足りなかった…
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拝啓、良寛さま・その12「仏道の自立」

春の闇どこかで水のくぐる音 玉宗 拝啓、良寛さま。 今日から四月となります。境内の桜の蕾も大分大きくなりもうすぐ開花となりましょう。 僧堂では今月中旬から前期の夏安居に入ります。弟子も一年の修行期間を過ぎて、二巡目の行持が始まっております。忝いことに今制中、首座の配役となり、大衆に率先して弁道に励む機縁を頂戴いたしまし…
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拝啓、良寛様。「行」という一人旅

梢吹く風や安居のまどろみに 玉宗 拝啓、良寛様。 能登も若葉の眩しい頃となりました。 お寺の「花祭り」を控えて夫人共々、蜂が花を嗅ぎ回るように準備に駆けずり回っています。 弟子の孝宗が僧堂へ安居してもうすぐ2カ月になろうとしています。今のところ、なんとか初体験の修行に耐えているようです。 当初は師匠であ…
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拝啓、良寛様。「足の裏で考えるお坊さん」

月の出を待てずに葛は花掲げ 玉宗 拝啓、良寛さま。 秋めいて来た昨今ですが、境内の裏に、少しばかりの畑らしきものを作りました。喰うに困っている訳でもないのですが、体を動かすためにもと始めました。禅寺では作務もまた大事な修行の眼目です。野菜作りは失敗の連続になるかもしれません。おそらく、檀家さんたちの知恵を拝借しての畑…
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拝啓・良寛様/わがブログのことなど

仄暗き月日十薬抜くとせむ 玉宗 拝啓、良寛様。 梅雨の季節となりました。 大地震に見舞われた東日本の方々には尚更に心晴れぬ雨の季節になっていることでしょう。 さて、能登半島地震被災後に始めた私のブログ「再生への旅」ですが、お坊さんとして、個人として、俳人として、自己の生き方の再点検、再生の記録が、いつの間にか…
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拝啓、良寛さま・「自他不二」

懐かしき雨に籠れる安居かな  玉宗 拝啓、良寛さま。 梅雨の時期となりました。東日本大震災に遭われた被災者の皆さんには過酷な日々が続いていることでしょう。 彼らを支援し、寄り添う人々が今も多く活動しています。様々な職種の人たちが、それぞれのアプローチで力を尽くしています。一人ひとりの力は些細なものであるけれど、みん…
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拝啓、良寛さま・その7/仏法という受け身

半島は手を振るところ鳥雲に 玉宗 拝啓、良寛さま。 東北地方太平洋沖で大地震が起きてしまいました。だれも予想し得なかったような大地震と大津波が、多くの無辜の日本人を攫い、多くの被災者を生み出しました。復興へは長い年月が掛ることでありましょう。今、この時も、復興へ向けた多くの被災者、支援者の尽力が為されております。 …
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拝啓、良寛さま・その6/宗教とは?

生き死にの向こうに望む山霞 玉宗 世の中に交らぬとにはあらねども            ひとり遊びぞ我はまされる  良寛 拝啓、良寛さま。  今、「宗教とは何か?」という本質が問われている時代になっていると指摘されています。 お坊さんが無自覚に流されてきたことが現代人に疑問視され始めているというのです。…
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拝啓、良寛さま/どっちを向いて生きるのか?

ひた走りひたに打ち寄す冬の波 玉宗 拝啓、良寛さま。 越後の雪の多さには適いませんが、今年は能登も久々に寒中らしい日々が続いています。二十年来続けている自坊の寒行托鉢も残り僅かとなりました。いつも一人で歩いているのですが、専門僧堂に安居していた頃は大勢の雲水たちと共に列をなして歩いたものでした。坐禅、托鉢、勤行など一…
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拝啓、良寛さま・その5

名も知らぬ草とて紅葉したまへり 玉宗 拝啓、良寛さま。 能登も漸く秋めいて参りました。雲や風に、そして人とし思うことにも秋意が漂う今日この頃です。 良寛さまが亡くなられた折には村人が列をなして葬儀に並んだと伝えられています。 生前から多くの村人に親しまれた良寛さま。情報化時代の現在、在家出家に関わらず良寛…
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拝啓、良寛さま・その4

悔しき世にひとり草引くばかりなり  玉宗 拝啓、良寛さま 小さい頃から競争が苦手の泣き虫小僧で 人間より山や川や海の世界で遊んでいることの方が得意でした 人生という迷路に踏み込む以前 世界は「私のいのち」とともに展開していました 垣根がなかったのです それは怖ろしくもこころ癒され…
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