テーマ:お寺の風景

あるお寺の晋山式に列席して

野坂なる山の錦ぞ宗福寺 玉宗 福井県敦賀市の宗福寺の晋山式に随喜してきた。   新命大和尚は「猫寺」として全国的に有名となった「御誕生寺」の副住職でもある。台風一過で秋晴れとなるかと期待したのだが、しとしと秋雨の中での法要とはなった。それはそれで情緒があって味わい深いものではあった。 先代住職は四年前に六十代そこそ…
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宗教とは何か?良寛という生き方

生きながらまなこ涸れゆくいぼむしり 玉宗 今、「宗教とは何か?」「お寺とは何か?」という本質が問われている時代になっていると言われている。果たして「本質」が問われているのだろうか。殊更に世を拗ねている訳ではないし、現実社会を尊重するに吝かではないが、正直なところ、それらは何か物足りなかったり、胡乱臭かったり、或いは何か余分…
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「一如」に生きる

石蕗の花の周りが暮れてをり 玉宗 「幸せになりたい」それは誰もが願っていることだろう。 然しながら「幸せとは何か」と先ず定義しなければならないからややこしい。「現実」は私の願いを遥かに超えて、行ったり来たり、あったりなかったりする。人生とはそのような「なるようにしかならなかった事実」の積み重ねでもある。わが「思い」や…
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わが俳句・儚さと生きる手応え

窶れたる草鞋干されて寺の秋 玉宗 先日、今秋初めての焚火をした。 「焚火」は冬の季語ということになっているが、晩秋にしていけないことはない。季語の本意を聊か逸脱していることになるのだろうが、季語のために生きている訳でもない。目前に、季語があったりなかったり。写生作句の基本は現場主義であると思ってはいるが、これで結構いい加…
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お寺いろいろ

茸狩り尻を汚してもどりけり 玉宗 今日から十月。 今月の予定としては、十八日に永福寺の観音祈願法要。あとは月例行持。法事も月参りもなし。臨時には、お寺の住職のお披露目である「晋山式」への随喜を二つ控えている。一つは先日紹介した同じ輪島市教区の龍昌寺、もう一つは福井県敦賀市の宗福寺。 宗福寺は越前市御誕生寺の副住…
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「農と禅」村田和樹という生き方

野にくだる男ありけり濁り酒 玉宗 輪島市三井町与呂見根という山中に龍昌寺はある。このブログでも以前取り上げたこともある。 もとは金沢市内にあった曹洞宗寺院であるが、今の住職になってほどなく、檀家を捨てて、能登の山中に移ったのである。今から四十年以上も前のことになる。移って数年たったころに、私がまだ大乗寺で修行の最中、ひと…
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ここなんだなあ

妻留守の昼は冷たき栗ご飯 玉宗 人生、泰然自若として苦難に向かってゆくことは容易ではない。 その気になれば、朝起きてから夜眠るまで気にくわぬことが山ほどある。洗面の水が冷た過ぎたり、風呂の湯が熱すぎたり、食卓に向かえばご飯が柔らか過ぎたり、強すぎたり。些細なことほど気になるものだ。注文通りになることの方が珍しい。家庭…
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今日のばかやろう「あおり運転のこころ」

草の花ひとりし生きるみちのべの 玉宗 「あおり運転」が社会問題として注目されている。 「あおり運転」は今に始まったことではないのかもしれない。私も以前、今のようにマスコミに騒がれていなかったころ、「あおり運転」をされてなんとか逃げ果せた体験がある。 車という「道具」「玩具」には、本人の意思とは関係なく、良くも悪しく…
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「念ずれば花ひらく」ってどうよ?!

コスモスの咲くといふより浮ぶなり 玉宗 「念ずれば花ひらく」とは、彼の仏教詩人・坂村真民の言葉である。 八大人覚という経典の中に「不忘念」という徳目がある。正法を心に念じて、忘れないようにすること。正法の正念相続をいう。 五には不忘念。(亦、守正念と名づく。法を守って失せざるを、名づけて正念と為す。亦、不忘念と…
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禅問答の極意

螻蛄鳴くや死んで生きよと言はれても 玉宗 御征忌の最終日は「対眞上堂」といって公開での「禅問答」が行われる。 「禅問答」と言えば、 禅僧が悟りを開くために行う問答。修行僧が疑問を発し、指導者がこれに答えるというものだ。 傍からは理解し難い問答や会話のやり取りであることが多い。 世間では 訳のわからないことの別名とさ…
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千年一日の真心・御征諱法要

仏見し眼はうつろ初紅葉 玉宗 十二日から十五日まで大本山總持寺祖院での御開山二祖国師御征諱法要が厳修されている。末寺として随喜させて戴く。枯れ木も山の賑わい、などと嘯いたら御開山に叱られるだろう。至らぬ身であることを如実に知らされると共に、報恩行持であることを肝に銘じなければならん。それにしても年々,随喜することに気の…
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言いたいことは明日言え、ってどうよ?!

生まれて以来途方に暮れてゐぼむしり 玉宗 初めに断って置きますが、私に「ここだけの話にしてくれ」という願いは通じないものと心得て頂きたい。内容の善悪もなんだが、内緒事をすること自体に謂われなき引け目がある。胸中にも双肩にも秘密や荷物を担って生きて行きたくはないという仏弟子である以前の拘りがある。 そんな私の日常の一コ…
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法話集施本の施主勧進

總持寺へこれより一里木の実落つ 玉宗 總持寺開創七百年協賛記念法話集施本の施主勧進 謹啓 平素よりの御信心、本山愛護のご道念、心より敬服申し上げます。 さて、總持寺開創七百年を令和三年に控え、末寺として僭越ながらも協賛の意を表したく、ここに法話集を編纂しました。つきましては、『總持寺開創七百年協賛記念法話集…
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両箇の月・御開山常済大師二祖国師御征忌大法要の頃

もみづるや生きながらえて見ゆるもの 玉宗 大本山総持寺祖院では毎年九月十二日から十五日にかけて、御開山常済大師二祖国師御征忌大法要が執り行われる。御開山は太祖常済大師瑩山紹瑾大和尚(一二六八~一三二五)。そして、御開山のお弟子である大現宗猷國師峨山韶碩大和尚(一二七六~一三六六)のお二人。 「總持寺に於ける開祖と…
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鼻自慢?!

稲の香に噎ぶ故郷へ帰りけり 玉宗 自慢話になるようでならない話になるかもしれんのだが、わが夫人の鼻の利き様は、さながら警察犬並の精度を持っているのではないのかと、常々、驚嘆し、敬服し、あきれているのである。 先日も、夫人の利き鼻が遺憾なく発揮されたのである。朝の掃除を終えて汗を流し、牛乳を一杯飲んで涼もうかと、コ…
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闇を生きる

火宅の灯とどかぬ闇に鉦叩 玉宗   一寸先は闇と言われる。 諸行無常なる人生の歩みは、まさに闇を手探りして歩むようなもの。 「闇」とは何か? わが思いを越えた生死去来、時節因縁、諸法実相。それをしも「闇」というのではないかな。又は「あるがまま」とも云う。仏道は、そのような危うい闇夜の人生の歩む、一つの灯であ…
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永福寺地蔵盆

子を抱けば甘き稲の香してならぬ 玉宗 永福寺地蔵盆を修行した。 永福寺にはその前身である真言宗誓願寺から引き継いだ三尊仏がある。本尊は廬舎那仏、脇侍佛として如意輪観世音と地蔵願王大菩薩である。如意輪観世音は能登国観音霊場三十番札所の霊佛として崇められている。地蔵菩薩も同様に近隣の信者の信仰の対象になり、特に明治に…
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澤木興道「禅に生きる」復刻

秋風や石も仏となる国の 玉宗 宿なし興道と呼ばれた禅僧・澤木興道。 明治十三年に三重県津市に生まれた。幼いうちに両親を亡くして最底辺の辛酸の中に育ち、十七歳で永平寺へ向かって家出、波乱万丈の遍歴を重ねて真個の禅僧となった。全国各地を巡って坐禅の伝道に一生をささげた人物である。そんな老師が各地で提唱の折などに語られた半…
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実物を生きる

雲水は着の身着のまま秋の風 お釈迦様は金襴衣ではなく、「糞(ふん)雑(ぞう)衣(え)」と呼ばれる壊(え)色(じき)の布を再利用し、生涯身につけて修行されました。見た目より、いのちの実相をわがものとして尊び、深められたということです。 「実相」は私の都合や私の選り好みや作為でどうにかなるものでもはありませんが、人の毀誉…
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お盆といういのちの寄り添い

何もかも母の言いなり盆用意 玉宗 さて、いよいよ盆の入りとなる。 能登は旧盆である。残暑の中での棚経廻りとなるのがいつものことなのだが、今年は空梅雨、旱気味の夏を過ぎて、暑さが半端ない。台風も近づいておりフエー現象で盆の最中が今年の暑さのピークになりそうだ。愚痴は言いたくないのだが、ついつい挨拶代わりに「暑いねえ」と口を…
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蜈蚣に尻を噛まれない夜の為に

背筋這ふ音して来たるむかでかな 玉宗 蜈蚣の話を二題ほど。 私は蜈蚣に噛まれたことはないが、噛まれたという人には今まで何人か会っている。 一人はお坊さん。僧堂で就寝中と坐禅中に噛まれたのである。就寝中は脛を、坐禅中は足を結跏趺坐に組んでいる状態の折に、股間を噛まれたというのだから半端がない。痛いことも痛…
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やわらかに生きる

コスモスやわだかまりなく空晴れて 玉宗 仏道はないものねだりではありません。自分さえよければそれでいいといった生き方とは志す方向が違うものです。それは「無常」や「苦」を克服するために精神の柔軟さを獲得しなければならなかったということでもあります。 常ならぬものなど一つもありません。避けられない生老病死にジタバタするの…
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「眼横鼻直」という生き方

雲水は着の身着のまゝ青葉風 玉宗 「眼横鼻直」とは道元禅師が悟られた世界を表すのに用いられた言葉。 仏法の様子を言うのに、目は横に鼻は直なることを以って足りているということ。 仏法という何かしら有難いものが自己の外に塊のようにあるのではなく、まさに自灯明として自己の分際に明らかなものであるということだ。 …
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峨山韶碩禅師の生まれた日

これよりの峨山越えなり谷うつぎ 玉宗 六月二十三日、總持寺二世峨山韶碩禅師生誕地の石川県津幡町瓜生では毎年町民と能登の宗門御寺院が生誕の日に一堂に集い、そのご遺徳をしのぶ法要が執行されます。 生誕地の「瓜生」と言うところは石川と富山の県境に近い山奥で、清流に河鹿の声が響き渡る秘境の地です。禅師御在世往時と変わ…
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良寛的その日暮らしのススメ

仄暗き日々よ十薬抜くとせむ 玉宗 鉄鉢に明日の米あり夕涼 良寛 今日は夏至。もうすぐ半夏生ともなり、一年の半分が過ぎようとしている。といった風に、時間の流れをいつの間にか実感することを覚えて久しい。初老を感じ始めて以来、尚さらにその感が強くなった。消えてなくなるということを想像するのはなかなか難しい。逆に言えば、…
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癖のある世界で生きる秘訣

日を呑んでほたるぶくろの仄暗き 玉宗 先日、自坊に八十歳初頭の御主人と七十代半ばというご夫人が二人揃って訪ねて参りまして、ご主人の御妹さんのことで相談を受けたことでした。その内容とは、肉親でもあるその妹さんの謂わば「盗み癖」にほとほと困り果てているといった事でした。 俄かには信じられなかったのですが、小さい頃から「盗…
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今日の禅語「露堂々」

無花果のまだ智慧足らぬ青さなる 玉宗 例によって夫人が禅語の意味を教えてくれと言ってきた。 今回はお軸ではなく、湯呑茶碗に書かれた「露堂々」。寺族であり、三十年以上も住職に連れ添っている、その夫人が「露」を「つゆ」と読んだのには流石にわが耳を疑った。 「つゆが堂々って、どういう意味?」 「つゆじゃないだろ…
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良寛さんの歌鑑賞・その2

五月雨の晴れ間に出でて眺むれば青田涼しく風わたるなり 良寛 人それぞれの人生模様がある。それは避けて通れぬ生老病死への寄り添い方、戴き方、学び方が様々にあるということ。見方を変えれば、だれも本人に成り代わって自己を生きてはくれぬという厳然たる存在の前提があるということだ。そのような次第の人の一生とは諸行無常なるいの…
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總持寺開創七百年を控えての雑感・その6「石川素童禅師・本山移転」 

涼しさに石も仏となりにけり 玉宗 瑩山禅師によって開創された大本山總持寺は、一万三千余ヶ寺の法系寺院を擁し宗門興隆と正法教化につとめ、能登に於いて五百七十余年の歩みを進めてきた。 しかし、明治三十一年(一八九八)四月十三日夜、本堂の一部より出火、フェーン現象の余波を受け瞬時にして猛火は全山に拡がり、慈雲閣・伝燈院…
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親のこころ、子のこころ

死にたれば鉦や太鼓や雲の峰 玉宗 北海道は渡島半島噴火湾沿い南端の港町で生きた実の母が亡くなって二十五年。父が死んで三十三年が経つ。二人とも出家した私が引導を渡して葬儀をした。 「北晨院海徳義道居士・南窓院帰法妙依大姉」 この戒名を見るたび二人のことも、故郷のことも思い出す。そして、得度式に出席した二人の淋…
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