テーマ:お寺の風景

母なるもの

            母は子とよりそひ草となりにけり 玉宗 もうすぐ義母が御年百歳になる。 子供たちは祝いの席を設けるつもりであるが、コロナ禍で予断を許さない。 能登半島地震の二年前に先代住職である義父に先立たれ、淋しい思いをしてきたことであろう。先代は九十四歳で天寿を全うしたが、義母は疾うにそれをク…
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コロナ社会に学ぶ

逢ひたくて若葉に濡れて来たりしか 玉宗 令和二年当初から続く「コロナ社会」。 昨年の花祭りは稚児行列を中止し、法要も弟子と二人で修行した。初めてのことで戸惑いもあったのだが、大勢に倣ったというのが正直なところ。二年目になる今年であるが、第四波ということで石川県も感染者が増えている。連休では県外から多くの観光客が来てい…
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仏戒に生きる

嘆くかに藤垂れ空のただ青し 玉宗 戒とは何か? 禪戒鈔に曰く、 「仏戒とは大地有情同時成道と制止することなり」 戒とは単なる抑制ではない。仏法という命の話しであり、命の根っこからのなりゆきでなければならない。あれをしてはいけない、これをしてはいけない。ああしろ、こうしろ、といった倫理、道徳という人間界隈の次元…
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行雲流水の生き方

雲のこころ水のこころや五月來る 玉宗 「雲水」という言葉は「行雲流水」又は、「雲心水意」の略である。 「雲衲霞袂」とう言葉もある。禅の修行者のことを「雲水」と呼ぶが、行く雲流れる水のごとき自在な境地であらねばならないというところからきている。逆に、留まるということは執着するということに他ならず、理想的には身心の束…
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山親父の思い出、そして・・草摘み。

故郷は親父も穴を出るころぞ 玉宗  輪島市下山町の山中に熊が出たということで、能登半島にもついに熊が出没することになった。水芭蕉の群生地のある辺りで、先日、夫人と弟子と三人で訪れたばかりである。( ゚Д゚) 猪捕獲用の檻?に入っているところを地元の猟友会の方が見つけたらしいが、仲間を呼びに行っている間に檻を壊して…
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今日の以心伝心・親のこころ子のこころ

鳥雲に仏弟子山に入りにけり 玉宗 僧堂では冬安居の制中も開けて、雲水さんの春の送行、上山など解合の風景が門前でも垣間見える時季となった。 不安と希望を抱いての送行であり上山である。弟子も10年目の僧堂安居を迎えようとしている。ついこの間、上山したように思い出されるのであるが、間違いなく彼自身の掛け替えのない歳月を経て…
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燕の思い出

つばめつばめ空の扉の開くる日ぞ 玉宗 四月に入って間もなく今年初めての燕を目にした。 庫裡と本堂の窓を開け放って夫人と共に朝の掃除をしていたときである。慌てて閉めたが中に入った後だった。窓に体当たりして死んでしまうことがあるので、裏と表に通じるように窓を開けて置いた。 そのうち壁や窓にぶつかることもなく外…
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記念写真って、どうよ?!

神妙な記念写真に納まる四月 玉宗  先日4月6日に行われた大本山總持寺祖院震災復興落慶法要での記念写真である。大祖堂前の階段を雛壇として前列から錚々たる宗門のお歴々が並んでおられる。元より身の程を知らぬ訳ではないので、当初は記念写真に入るつもりもなかったのだか、なんだかそれも慢心のなせる業のような気がして、流れ…
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魚の貌・人間の顔・仏の相

      子を攫ふ顔し風船売る男 玉宗  嘗て、俳人・加藤楸邨は魚の貌が真面目であることに感心しているような文章を書いていた。魚の顔の真面目さに比べて、人間は少し真面目さが足りないのではないか。つまり、それは真摯に生きる姿勢の不徹底さを衝いているのであろう。如何にも人間探求派と呼ばれ、真実感合を唱えた楸邨の面目躍如…
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末世の比丘

堅香子の花に木漏れ日五合庵 玉宗            宗教の本質が改めて問われている時代になっていると指摘されて久しい。お坊さんが無自覚に流されてきたことが現代人に疑問視され始めているという文脈の中の話しなのだろう。お葬式や法事だけがお坊さんの役目であった時代が終わろうとしている。葬儀を取り上げてみても、それは宗教行事で…
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有縁無縁に囲まれて

宵を撞く鐘の音にも遅き日の 玉宗 檀家ではないのだが、近所で生活保護を受けていた一人暮らしの女性が亡くなった。 親戚筋に連絡も取れなかったらしく、数日経って故人と近所付き合いしていた方がお寺を訪ねて来た。事の成り行きで喪主という立場になり、亡くなったその日に市役所の所員立ち合いで火葬に付した。お骨になったので…
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總持寺二祖峨山韶碩大和尚 

瑩山紹瑾禅師の後を継がれた諸嶽山總持寺第二代大現宗猷國師峨山韶碩大和尚は、建治2年(1276)宝達山南麓河合谷村・能登国羽咋郡瓜生田・現石川県河北郡津幡町瓜生大泉庄、押水大海荘に生誕されました。父方は源氏、母方は冷泉家(藤原北家)とされています。 11歳にして教院に身を寄せ、16歳正応四年比叡山延暦寺に上り菩薩…
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總持寺開山太祖常済大師

諸嶽山總持寺開山弘徳圓明国師太祖常済大師瑩山紹瑾大和尚は、文永元年(1264)10月8日陽暦11月21日に出生されました。生誕の地は、越前国多彌観音堂之敷地(現・福井県武生市帆山町)とも、福井県坂井郡丸岡町山崎種の地とも伝えられています。 幼名は「行生」。8歳にして剃髪、永平寺三世徹通義介和尚に参じ、永平二代孤雲懐…
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大本山總持寺祖院震災復記念興落慶式

囀りや仏生まれて来たる日の 玉宗 4月6日、能登半島地震被災14年目にして復興を成し遂げた大本山總持寺祖院の復興記念落慶式に出席させて頂いた。横浜鶴見の大本山總持寺江川辰三大禅師猊下御親修のもとでの大般若経転読祈祷法要を御親修。両班として随喜した。 招待者等含め僧俗合わせて百名ほどが大祖堂に参列。法要の後、禅師様の御…
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葬式仏教批判の行方

供へたる樒も花となりにけり 玉宗 葬式仏教という言葉は、現代の仏教やお坊さんを揶揄するのに使われているのには違いない。それは、葬式しかしない仏教、お坊さんという意味であり、ひいては仏教本来の意義を見失った仏教という意味なのであろう。 江戸時代初期、幕府の宗教統制策によって、寺請檀家制度が設けられだ結果、仏教が…
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花のいのち

囀りやほとけ生まれて来たる日の 玉宗 能登の春は冬のイメージと打って変って花が咲き競って明るいものです。 ひと月遅れとなりますが五月の風薫る花のかんばせに囲まれての花祭り。お釈迦様の誕生に相応しいと感じるのは日本と云う四季豊かな仏教国ならではの感慨でしょうか。 「降誕会」は生れ合わせたいのちの奇蹟に思い…
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寄り添いという間の取り方

菜の花に吹く風だれも咎めざる 玉宗 先日、ある婦人が家庭内の事で相談にのってほしいとやってきた。 ギクシャクした嫁姑のこと。自分勝手な姑とそんな母親に育てられた我儘な夫への失望を語っていった。精一杯家族のために身を尽くしているのに分かってもらえないことからへの絶望感。子供がいることでなんとか自分も外で働きながら、嫁いだ先…
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祈りのかたち

花はみな祈りのかたちうららけし 玉宗 「願わくばこの功徳を以て普く一切に及ぼし 我らと衆生とみな共に仏道を成ぜんことを」 わたしはお通夜の説教の最後には必ず出席者に手を合わるようにお願いして上述の短いお経文を唱える。「普回向」と呼ばれるもので、どの宗派でも通用するものである。「ことを」で終わっている文脈か…
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小さなお葬式、大きなお世話・再考

龍淵に潜み火宅に灯が点る 玉宗  昨今、SNSは勿論のこと、マスコミ上に「小さな葬式」という宣伝広告が目に付き出した。「安く、費用がかからない葬儀」を「提供」する「業者」。お坊さんへの「お布施」もその削減すべき費用の項目に入っていて、当然のように僧侶一人で法要を執り行う。それに応じるお坊さんがいる。「直葬」「家族葬…
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托鉢の風景・その6

犬も食はぬ時の過ぎゆく桜餅 玉宗 三十年以上托鉢をしているので、輪島市内の路地を裏の裏まで知り尽くしている。夢にまで出てくるほどだ。これってやばくない?と思うこともある。犯罪者に手引きを頼まれたら強力な後方支援者となるに違いない、って妄想もしたりする。まあ、それは冗談だが、お坊さんを引退したら郵便屋さんでやって…
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托鉢の風景・その5

蕗の薹次々土手を越ゑゆけり 玉宗 ランナーズハイ(Runners High)という言葉がある。マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用で、ランニングの途中で苦しさが消え爽快な気分になるらしい。脳内にエンドルフィンという物質ができて、気持が良くなるのだという。走り続けて、ある限界を超えるとその後はこの物…
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出家の本懐

鳥雲に仏弟子といふ旅人に 玉宗 彼岸の中日。今日も大本山總持寺祖院の法要に随喜した。 三日間に亘って執行される春彼岸会法要。開山二祖国師諸大和尚への嘆仏による献飯諷経。永代祠堂追善供養。旧納骨霊位供養と続き、塔婆供養となる。了而、法話。 今年は我が弟子がその役に当たっていた。 僧堂では「維那補」という配役…
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托鉢の風景・その4

托鉢のみな仰ぎゆく花杏 玉宗 托鉢をしていて犬に苦労したお話しをしたが、実は犬よりもっと厄介な動物がいる。 それは純真無垢と云われている「キッズ」である。正直なところ彼らが天使ではなく悪魔の使いに見えることがある。生来的には愛らしいが、ときに辛辣であり、残酷であり、挙げ句の果ては当てにならない。 下校時間な…
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托鉢の風景・その3

梅を見てゐる場合ではないのだが 玉宗 托鉢をしていて困ることがいくつかある。そのうちの一つ。それはトイレである。 出掛ける日は朝から水を余り飲まない様にはしているが、それでも冬場は半日も経てば尿意をもよおし、下半身が先行して歩き出す。夏は夏でがぶがぶ水を呑まなければ、熱中症で倒れないとも限らないし、年齢的にも…
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托鉢の風景・その2

僧一人木の芽山より下りて來る 玉宗 托鉢は遊びではない、というお話し二つ。 「方丈さんは俳句をしているんだから、托鉢しながら一句が浮かぶんだろうね。いや~ 風流なもんだね。」 確かに俳句手帳を袖に潜ませて歩いていた頃もある。しかし、今ではそんなこともなくなった。能登半島地震復興勧進托鉢ではそんな余裕…
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托鉢の風景・その1

雪解けて壁に窶れし頭陀袋 玉宗 托鉢をしていると様々なものをいただく。基本的にはお金をお布施して頂くのだが、偶にお米。特に農家では玄関口に立つと米櫃から椀や升に一掬いして頭陀袋や専用の袋に入れてもらったものだ。米托鉢を目的に歩く場合はその用意もしてゆくのだが、忘れて出かけたりなぞすると、頭陀袋一杯に何キロものお米を…
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参道補修作務

如月やときどき妻に叱られて 玉宗  お寺の庫裏の玄関に続く参道(短いながらも・・)には飛石がべてあるのだが、隙間があって参拝者の歩行に不便であることあきらか。ということで、試された方もおられるかもしれんが、雑草対策をも兼ねた「固まる土」を使用して補修することにした。 この手のことは私より夫人の方が余程蘊蓄もあ…
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永福寺の桜

震災を共に生きたる桜かな 玉宗 永福寺の桜・染井吉野が輪島市の『景観重要樹木』に指定された。 写真は十年ほど前のものだが、ここ数年花数も少なくなって、風前の灯感を漂わせていたので、世代交代の若木を植樹しようかと思案していたところに今回の市役所からの誘い。夫人の要望もありご提案を受け入れた次第。 この…
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草摘みのこころ

草を摘むほかに用事もなかりけり 玉宗  蕗の薹を摘みに總持寺祖院の裏手にある小川べりをあるいた。谷川べりの山気はまだ頬に冷たい。  蕗味噌にするには薹が立ち過ぎてもいけない。開くか開かないかの蕾が良いようだが、それを見つけるのがなかなか難しい。というか、タイミング、出会いだね。お山の恵みを戴くのだから盗人根性丸出…
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海の記憶、空の記憶

海の記憶空の記憶や三月来 玉宗 玉宗 三月である。 一般社会では卒業、入学、進学、就職、転勤、退職等々、出会いや別れがあり、期待と不安にゆれ動きながらも、いずれもが新しい日々への飛躍の一歩である。修行道場である僧堂でも送行する者と上山する者が山を出入りする。 そして、三月は震災の記憶が蘇える季節でもある。 能登半…
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