テーマ:禅のことば

坐禅が楽しくなる心得

雲中に日も鬱々と冴え返る 玉宗 板橋興宗禅師の著書『良寛さんと道元禅師・生きる極意』光雲社・1986年初版発行を読み返してみた。今から約30年前の文章が纏められている。禅師様がまだ大本山總持寺の単頭職であったころの教化学大会での発表要旨や、總持寺月刊誌「跳龍」への寄稿文から自坊や大乗寺住職になられた頃の寺報の文章など、脂の…
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究極のお節介・「自未得度先度他」について

待つことの幸ひ春潮ひた寄する 玉宗 宗門には「自未得度先度他」という指標がある。「自ら未だ度らざる先に他を度す」となり、自らが救済される前に、まず他人を救済し、幸せにしようと願うことである。そして、大乗仏教の菩薩が理想とした衆生救済の論理である。利他救済の心のことであり、それこそが菩提心を起こすということで、発菩提心とも謂…
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眼横鼻直という生き方

葉表に解けゆく雪のありにけり 玉宗 「眼横鼻直」という一つの生き方の典型がある。 「眼横鼻直・がんのうびちょく」とは道元禅師が自ら仰られた自己の証契即通の端的、身心脱落の道得の一つである。仏法の様子を言うのに、目は横に鼻は直なることを以って足りているという。 あたり前であることを受け入れることは迷っている者が迂闊に…
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首座法戦式

反古くべて春の焚火を育てけり 玉宗 昨日、總持寺祖院専門僧堂に於いて首座法戦式が行われた。 一般の方には馴染みがないだろうし、興味もないと思われる。三ヶ月に及ぶ安居期間中の総決算のような行持でもあろうか。毎年二回ある安居であるが、その間、それぞれ首座(しゅそ)と呼ばれる、言わば大衆を牽引していく役目、組長さんのような立場…
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今日の自己弁護・托鉢とは?!

目を瞑り耳を澄まして春を待つ 玉宗 今日は節分。 寒行托鉢も最後となり、朝から市内をひと廻りする。例年最終日は輪島の朝市の中を歩く。一人でのデモンストレーションみたいなものか。昔は恥じらいも多少あったが、今では面の皮も厚くなったのか、実になんともない有り様である。興禅寺再建勧進托鉢でも金沢市の近江町市場を旗を持って歩いた…
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今日の教外別伝・寒風に育つあられちゃん?!

悴めるために出家をしたやうな 玉宗 昨日はお天気もよくあたたかな一日であった。 托鉢も合羽を掛けずに歩いたことである。明日は節分である。お寺では献餅を搗き直して、かき餅やあられにする。寒風に当てて乾燥させるのであるが、外気に晒すことが出来るのは本堂の窓際が最適のようだ。出来上がったかき餅はお寺の客人への茶菓子として供する…
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追うことも逃げることもない生き方

うすらひや心もとなき旅の朝 玉宗 今日から二月である。 うかうか過ごしていると逃げてしまう。二月は逃げてゆく、そんな月と言われている。日数が二、三日少ないだけで、確かに二月は「あっという間」という実感を伴う月ではある。 寒行托鉢も節分まで。立春から三月まで能登では涅槃の月でもある。輪島、門前と教区寺院の涅槃会が続い…
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雪安居・今が誕生、今が臨終

寒卵教外別伝の宗旨あり 玉宗 一月も今日が晦日である。寒行托鉢も節分まで。この三日間は総仕上げということで、念入りに歩くことである。来年も又元気で歩けるという保証はない。これが今年最後の寒行と思えば、なにかしら寂しいものもある。大袈裟かもしれないが、末期の眼といったものが人生を生きる上で如何に大事であるかといった感慨さへ湧…
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仁義ある托鉢

寒闌太鼓念仏賑やかに 玉宗 寒行托鉢も後半へと入った感がある。 例年のことだが大寒を過ぎた頃から輪島市内の寒行托鉢も様子が変わって来る。寒の入りから大寒までは私一人の鈴の音が聞こえているのだが、後半になると宗派の違う行者が増えて、鉦や太鼓や読経やで、結構賑やかしい。先日などは太鼓と私と總持寺祖院僧堂一行がかち合い、宛らチ…
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いつも初めてのいのち

生れて以来身に覚えなき寒さなり 玉宗 今日は大寒である。 能登の冬の寒さ、厳しさは例年これからが本番と云ってよい。そんな能登に住んで四半世紀。毎年欠かさず寒行托鉢を続けてきた。若さに任せて馬力で押し通した観があるものの、実際のところは決して好き好んでしている訳でもなかった。いつも「行」の本質・面目を高らかに謳い上げている…
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今日の教外別伝・師弟という関係

頭陀袋やつれて冬も闌に 玉宗 寒行托鉢も日程の半ばを過ぎた。 寒いことは寒い冬ではあるが、北国日和定めなしといったところで、今のところ市内は大雪に見舞われておらず、降った雪もいつまでも積もっているということもない。時々風の強さに閉口しながらも比較的歩き易い毎日である。例年輪島市内はそうであるが、海からの強い風で多少吹…
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托鉢いらっしゃーい!点心供養の巻

雪を掻くために生まれて来てしまふ 玉宗 昨日、大本山總持寺祖院専門僧堂の雲水さん達が役寮さんを先導に11名が来山。寒行托鉢で輪島市内を回り、永福寺に於いて点心供養をさせていただいた。以前にも何度か立ち寄って戴いたこともあったが、今回は弟子がお世話になっていることもあり、久しぶりの点心供養である。 装束を解いて貰い、本堂に…
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弟子からの年賀状

ことば継ぐごとくに炭を熾しけり 玉宗 寒行托鉢も六日目。霙がちなお天気の中を帰ると、僧堂安居中の弟子から年賀状が届いていた。年賀状と云っても世間一般の年賀葉書とは趣を異にしており、古式に則った年賀の挨拶と共に先日も記事にした「寿餅」と呼ばれる祈念の餅一片を同封したものである。 書式は決められた文言があり、七行に分けて…
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網代傘の向うに見えるもの

冴え増さる朝のかなたに見ゆるもの 玉宗 永福寺に入って以来25年以上続けている寒行托鉢。毎日市内を3時間から4時間ほど歩いている。歩く道程は決まっており、殆ど眼を瞑っても歩ける。冗談ではなく夢にまで見たこともある。路地の隅々まで知り尽くしていると言ってもいい。私の托鉢は「流す」と呼ばれるやり方で、お経を低声に詠み続けながら…
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今日の以心伝心・同行ふたりの托鉢?!

托鉢のしんがり梅を探しをり 玉宗 地元の北国新聞夕刊に小寒の昨日、金沢大乗寺専門僧堂の寒行托鉢が始まったという記事が載った。朝方には最低気温マイナス5.9度を記録したらしい。その大乗寺の托鉢は雲水さんふたりだけのものである。先日安居僧が3人になった記事を拙ブログでもご紹介したところだが、おそらく一人は留守番兼典座として残っ…
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餅つき作務

餅つきの湯気立つ朝の厨窓 玉宗 私が安居した僧堂では例年28日に餅搗き作務が行われていた。 竈の神様の前で般若心経を一巻あげてから作務ははじまる。安居している雲水さんの中には餅搗きが初体験というのも結構多い。腕力だけでは直に息が上がるものだ。確かにコツがあって、無闇に杵を振り回しても碌な餅に仕上がらない。相方の手返…
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今日の以心伝心・生涯現役って何?!

かたはらをゆくたび仰ぐ冬木あり 玉宗 今年も数えるほどとなった。 大掃除、お札作り、門松作り、年末年始の参拝準備等々。昨年は弟子の孝宗がまだ大学生で帰省して手伝っていた。大いに助かったものだったが、今年は僧堂修行の真っ最中。冬安居ということもあり、すでに公休?を使い果たし、師寮寺へ帰省することも憚れる。来年の春先までお暇…
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今年最後の法要・永福寺祠堂経

子を呼んで初めての雪仰がしむ 玉宗 昨日は永福寺成道会と祠堂経法要であった。 永福寺は檀家がなく宗派が違ったり、菩提寺を持っている信者さん達の帰依をうけて護持しているお寺である。余所のお寺の檀家だから、お参りしないとか、お参りさせないとかいったような狭い根性が能登にはない。それなりの礼節を保ちながらも、篤い信仰の対象とな…
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今日の教外別伝・仏法の大海

蝋梅のひらくとみえて匂ひ立ち 玉宗 「仏法の大海は信を以て能入と為す」という言葉がある。 「信」は信仰する、又は信じるという様に私の側の作業として受け止められているのが一般であろう。頭で理解できるもの、或いは出来ないものにしろ、私が世界を受け入れる為の最初の関門のように考えられている。つまり、私の側の都合やチャ…
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今が臨終、今が誕生

底冷えの街に花屋の灯が点り 玉宗 今年もあと幾つと数えるような時期になった。 光陰矢の如し。なにほどのことを達成することもなく一年が窮まらんとしている。大晦日が1年の終りであることのように、人生の大晦日が解っていたらどんな生き方をするだろうかと気になった。末期の眼に映るこの世とはどんなにか切なく美しいものだろうかと思…
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お寺、今年の一字は?!

水洟や死んで生きよと言はれても 玉宗 恒例の今年の一字は「金」であった。いつも清水寺貫主樣の流麗な字に感嘆するのだが、「金」と書いた瞬間「かね?」かと訝った。然し、「金」が金メダル、金星などといった意味であることをしって安堵したことである。 さて、今年のお寺の一字はなんだろうかと、暇にまかせてつらつら考えてみた。…
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参禅法話 「私の坐禅・坐禅の私」

水洟や鈴のやうなる星仰ぎ 玉宗 私の坐禅・坐禅の私についてお話ししようと思います。その前に先ず、私たちお坊さんは勿論、皆さん方参禅者と呼ばれる人間とはどのような次第、類、生き方を志向しているのかということを再確認しておくことも大事かと思います。言うまでもなく、私共の生きる姿勢・立ち位置といったものは「仏道」です。参禅と…
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衆生本来仏なり 「雲水さんの接客作務?!」

赤き実のあらはに冬のさびしさよ 玉宗 昨日から門前町の總持寺通りでは「新そば祭り」が催されている。 通行止めにした總持寺通り商店街を会場にテントが設営され、蕎麦の他にもいろいろな店が並んでいる。通りの中に連なる興禅寺の目の前には總持寺祖院専門僧堂が「朝粥・善哉」を振る舞っている。境内で採れた銀杏の実も販売していた。販…
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冬の朝

冬帝の閼伽に仕へし目覚めかな 玉宗 近頃は暮れるのも早いが、夜の明けるのも遅く、勤行を終えてもまだ外が暗い昨今である。 いつも4時には起きるようにしているが、特にお坊さんが朝が早い訳ではない。町内では新聞配達、豆腐屋さんが朝早くから働いている。漁師さんも早い。というか、前の晩に出漁し、早朝に帰港することもあるようだ。…
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今日の諸法実相・「菩提心を念じる」

犬猫のふくらむ冬の日向かな 玉宗 今日は午後から興禅寺の観音祭・大般若経転読祈祷法要である。 總持寺祖院専門僧堂から大衆さんのご法助を受けて修行する予定である。内容的には先月行った永福寺と同じもの。大衆さん達には大般若経六百巻を転読して戴き、導師である私は理趣分経という大分の経典を真読する。 私は宗門の祈祷は「般若…
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先入観についての一考察 「年齢に応じた初心」

初冬のもの足りなさを出て歩く 玉宗 「先入観」とは随分と負のイメージを負わされた言葉だと思うことがある。 何事も先入観を持って当たっては真相を見誤るというのが一般的警鐘として受け入れられているようだし、私なども仏道の要諦の一つとして「先入観に縛られない生き方」を人に言いもし、わが身の生き方の指標としている様なところがある…
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「傾聴」についての一考察

冬めくと耳おとなしくしてゐたり 玉宗 <「傾聴」とは、カウンセリングやコーチングにおけるコミュニケーションスキルの一つです。人の話をただ聞くのではなく、注意を払って、より深く、丁寧に耳を傾けること。自分の訊きたいことを訊くのではなく、相手が話したいこと、伝えたいことを、受容的・共感的な態度で真摯に“聴く”行為や技法を指…
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冬安居へ向けて

冬安居夜風に軋むあすなろう 玉宗 僧堂では今月中旬から冬安居の制中に入るところが多い。 弟子が安居している總持寺祖院専門僧堂でも間もなく制中行持が始まろうとしている。制中になれば、大根托鉢、臘八摂心、煤払い大掃除、年末年始の行持、寒中托鉢、涅槃会などの行持が目白押し。夏安居も冬安居も季節に随順した僧堂生活である。 安居…
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立冬つれづれ

綿虫のいのちあやうきゆふまぐれ 玉宗 今日は立冬である。 畑をうろうろしていたら一匹綿虫が飛んでいた。雪虫とも呼ばれる謂わば冬の使者といったところか。夏の暑さに辟易してようやく秋になったかと思っていたら、もう冬である。今年は秋が短い。然し、冬も暖冬が予想されている。日本の四季の様子が変化しつつあるのだろうか。日の長さは変…
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法憧を建て、宗旨を立す

新発意小春日和を賜りぬ 玉宗 羽咋市富来町にある金谷山龍護寺は大本山總持寺御直末であり、六百年の歴史を誇る古刹である。この度開創六百年、歴住四十七世大和尚二十三回忌、新命四十九世大和尚晋山式の法要に随喜させて戴く事が出来た。 今回の法要には永福寺住職として出席。それというのも永福寺と寺縁が深いためであり、先代市堀孝之…
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