再生への旅

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zoom RSS おもしろうて、やがて・・・鵜飼再考

<<   作成日時 : 2010/05/12 05:01   >>

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代掻くや陰まで濡らし雨の中  玉宗
   

長良川の鵜飼いが解禁されたらしい。今日はその話題を少し。

その前に、お世話になっている俳句結社『栴檀』の第9回俳句大会が岐阜市で今月28日・29日に控えている。来年は創刊10周年の記念大会。この10年一度も大会に出席したことがない。なんという恩知らずで、非協力的同人であることか。然るに、主宰である辻恵美子さんは碌に同人費も納めない私を咎めることも除名することもなく今日まで見捨てないでくれている。『風』終刊のあとの捨て子の様になっていた私を拾ってくれた辻さんには俳人としての足を向けて眠ることはできない。

主宰には震災前に大会での講演を依頼されていたのだが、被災したということでキャンセルとなり年を経ていた。
昨年、お寺も再建がなって一段落し、改めて講演の依頼を受けた。義理もあり、断ることもできず引き受けたのは半年前。今日まで何の準備もしてこなかった。
お説教は自分のことを棚にあげて話すことも出来るのだが、文芸の世界での話はそうもいくまい。違った意味で自己に拘らなければならないからややこしい。

まあ、なんとかなるだろうと高を括っているのだが・・・

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見えてゐる鵜舟のほかは闇にあり  石原次郎

ところで、今回大会前日の前夜祭に長良川の鵜飼見物が予定されている。勿論、鵜飼など一度も見たことがないがテレビの映像で見たことはある。因みに辻さんは「鵜の唄」五十句で嘗て角川俳句賞を受賞されている。鵜に関しては年季が入っているのだ。

「玉宗さんもみたいでしょ。来なさいよ。一緒に吟行しましょう。」

「ああ、それはいいね。行ってみようかな。」

と、調子のいい返事をしてしまったのだが、実は余り興味はないというのが正直なところなのである。(こんなこと書いたら辻さんに軽蔑されるだろうな。)
だって、映像で見る限り、鵜飼ってひどくない!鵜の首を縄で括って、呑み込んだ鮎を吐かせて人様が戴こうという代物である。鵜にしてみたら「そんな、旦那さん、殺生な!」と言いたくなるというものだ。

鵜縄を引きつ伸ばしつ一度に十二羽の鵜を捌く鵜匠とは、鵜にしてみたら餌を横取りする頭領でもあり、そうは言っても鵜の生活を保障してくれる里親でもある。その愛憎半ばする間柄は余人には窺い知れえないものがあるのではないか。

飼い馴らされるものの悲哀・・・・私はそれを見るに堪える自信がない。


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秘めごとも生きる力に青葉闇  玉宗

鵜飼と云えば芭蕉さんには次の名句がある。

「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな  芭蕉」

人と云う賢い動物が小動物を飼いならす面白さ、それがやがて、もののいのちの哀れさを誘うということ。残酷、鵜権侵害と言えなくもない。心あるものは悲鳴を上げて卒倒しても可笑しくない。

まあ、それはともかく、当初、鵜飼は単に見世物ではなかったであろう。生活の為に已むに已まれぬ人と鵜の共同作業だった筈である。それはある意味、口伝によって継承される秘技である。あれは本来、衆目に晒すものではない。秘かごとなのである。見てはならないものを見ている恥じらい、可笑しさ、面白さ、うしろめたさ・・・(ああ、吾ながら面倒くさいな)

思うに、やはり、芭蕉さんも私と同じような感慨に襲われたのではないのかな。なんちゃって。

当日はどんな句が出来るか。そっちの方が興味がある。なんせ鵜の句なんて一度も作ったことがないのだもの。って、こんな下心の方が余程残忍であるかもしれない。嗚呼。




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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
鵜篝の爆ぜて闇夜はさらに濃し    よし
 
yoshiyoshi
2010/05/12 06:06
市堀玉宗さん おはようございます

若いころ長良川の鵜飼見物しました。
ほんと可哀想と言えばそのようです。
鵜が噛んだ後があるほうが値がいいとか・・。
芭蕉さんの言うとおりでしょうね。

藤棚見ました、まだこれからですね。
大木になる気がします。
油断しないでくださいね。
陽だまり
2010/05/12 06:56
おはようございます
 初めての方が新鮮でいい句が生まれると思います。
 芭蕉の句を超えて下さい。
 鵜飼は今度行ってみたいですね。
湘次
2010/05/12 08:47
鵜飼のこと、以前テレビで「鵜匠と鵜の心の通い合い」または「鵜匠の崇高な生活」と言った、そんな番組を見て感激したことがあります。(とにかく、映像が美しかった)今、玉宗さんの記事を拝見して、私の鵜飼に対する思いもやはりそのようかなと、そのテレビ番組を見る前の気持ちになっているような気がします。
花てぼ
2010/05/12 19:38
ふと、生まれてからずっと殺されて食べられる為に育てられる牛や豚はどんな気持ちか、と思いました。
その点、鵜は食べられることはない分シアワセ?
ま、通常そんなことには思い至らぬ自分は、鵜飼を是非一度見てみたいです。川面に映える炎が綺麗だろうなぁと。でも、まだちと寒いか。(^^;
愚石
2010/05/12 22:26
こんばんは。
私も見たことがないのですが、残酷な話ですね。
美味しい鮎を食べようと潜って獲ったにもかかわらず
首根っこ捕まえられて 横取りされるのだから、
「苦しい〜〜!」、、、鵜にすれば獲られてたまるかよ〜!! で、しょうね。可愛そう!
ルフレママ
2010/05/13 00:11
愛媛大洲の鵜飼は6月1日が解禁のようです、
宮崎の口蹄疫が大変ですね、影ながら見守るぐらいで
情けないことです。昔の代掻きは大変でした本当に陰までびしょ濡れでした、今では今昔の漢ですね。
愛媛子
2010/05/13 09:58
よしさま。格調ある一句ですね。凄いです。
陽だまりさま。<鵜が噛んだ後があるほうが値がいいとか・>へ〜、そうなんですんか。それほど味がいいということでしょうか?
湘次さま。吟行がお得意にみえる湘次さん。鵜飼はまだご覧になっていませんでしたか。花より団子になるかもしれません、私。(笑)
花てぼさま。美しい思い込みを台無しにしてしまいましたね。ちょっとふざけ過ぎました。ご放念ください。確かに、匠の技ではありますよね。
愚石さま。私も実はそんなに鵜の立場になっている訳でもないのです。それよか、鵜、って食べられるのでしょうか?そっちに方が気になります。鵜供養塚というものがあるそうですね。お役目を果たした鵜の為の塚なのでしょう。真摯にならざるをえません。
ルフレママさま。いのち戴いて生きているお互い様ですね。人間も死んで土に還るということは自然に戴かれているということでもありましょうし。
愛媛子さま。愛媛にも鵜飼があるのですか。それは知りませんでした。川があるということですね。当たり前か。(笑)鵜飼が旧態依然であるのに比べ、稲作労働は随分様子が変わったのでしょうね。合掌
市堀
2010/05/13 19:07

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