再生への旅

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zoom RSS パワースポット?!・いのち無重力時代

<<   作成日時 : 2010/05/03 05:47   >>

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おそるおそる村一番の幟かな  玉宗


ゴールデンウイークの最中、子供を連れて娘夫婦が知人たちと東京へ出かけている。今朝、メールが入った。

「おはよう。ゐほり元気です。目黒から行けそうな東京のパワースポットどこかないかな?検索して教えて!」

「パワースポット?なんじゃそれ・・」

早速、インターネットで調べてみた。


「パワースポット」 ・出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』概略

パワースポットとは、エネルギースポット、気場などともいい、オカルト的なエネルギーが集中していると風水やスピリチュアリティの観点から見なされる場所のことである
パワースポットのエネルギーの根拠については、さまざまに主張されている。

風水における龍穴としばしば同一視されるため、そこから吹き出る「気」がパワーの源であるとしばしば主張される。風水や気功の現代的解釈として電気や磁気が用いられることが多い。

神社仏閣がパワースポットである理由として、古代人がパワースポットを自然に見出してそこに神社を建てたからであるという主張がしばしばなされる。また、小林祥晃は繁華街もパワースポットであり、パワーに惹かれて人が集まった結果であるという主張する。また、パワースポットとみなされるのは神社が圧倒的に多く仏閣は少ないが、これについて若月佑輝郎は、仏閣は人々の悩みや悲しみが集まるためパワーが劣るのだと主張する。

パワースポットに滞在すれば、そのエネルギーを吸収することができると主張される。
具体的な効能については、スピリチュアリティにおけるヒーリングの効果とおおむね一致する。生命エネルギーの強化・病気に対する自己回復力の向上・肉体、精神の浄化・物質のマイナスエネルギーの除去・浄化・癒し・リラックス・潜在能力・霊性の開発
以下略

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お寺より神社の方がパワーに優るというのがどうなんだろう。はっきり言って面白くない。<仏閣は人々の悩みや悲しみが集まるためパワーが劣る>悩みや悲しみが生きる力を減じさせる事実は否定しないが、仏閣にそのマイナス力が集まっているというのが気に入らない。仏教はそのマイナス力を反転して生きる力と蘇生させる教えであり、実践である。「やる気・生きる気」を起させるものである。言い方を変えるなら本来「自己を信ずる力」となるものでなければならない。

現代の若者は意外と迷信・俗信に嵌っている。死んでも生き返ると本気で思っている節がある。バーチャル世代と呼ばれる現象と無縁ではない。彼らには現実感が希薄なのではなかろうか。いのちいっぱいの痛みや苦しみ、そして喜びや癒しというものを体で実感できないでいるのではないか。

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生きていることにリアリティーがない。これは文明が造り出した社会的疾病ではなかろうか。「いのちの無重力時代」と言ってもいい。
これではいけない、なんかおかしい、と誰もが思っている。気づきながらもどうしていいかわからない。パワースポットを探し歩く若者、その風景はどこか夢遊病者の足並みに似ている。この現象は社会から自然が急速に消滅していった現実と軌を一にしているのではなかろうか。

因みに私のパワースポットは、「坐禅」と言いたいところだが、今回は「いながらにして、なんともなくて、ありがたいところ」とだけ言っておこう。





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戸隠  パワースポット 
今、戸隠にいます。 ...続きを見る
書き留めておいた素晴らしくいい言葉
2010/05/03 16:32
お寺や神社は落ち着きます
いやぁ お寺や神社は落ち着きます。。☆ ...続きを見る
☆STIE LIFE☆
2010/07/13 15:31

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
お寺も神社も数知れず訪ねたが
パワースポットなる
そんなものはないと私は断言する
しかして今日の若者も未だ
カラオケのマイクに優る
それ以上のそれは無いと
思われるふしがある

若葉冷坂を均(なら)して昇れとや   よし


yoshiyoshi
2010/05/03 08:08
先日京都のパワースポットを放映していました、
最近この様な鯉が空を泳ぐ姿を見るのが少なくなりましたね。
私が現在住んでいる所は、戦国時代の武将の悲しい最後から、鯉のぼりを立てるのを遠慮している部落なのですよ。
愛媛子
2010/05/03 09:44

市堀玉宗さん こんにちは!

パワースポットとは・・。
面白いことですね。
私が知っているところは
信じてはいませんが、
鬼門を向いている神社ですよ。
歳をとるとパワー不足ですね(笑)
陽だまり
2010/05/04 13:56
鯉幟1メートルくらいの
小さいのを昨日見ました。

もっと郊外に行けば
昔のように大きいのが
見れるのでしょうか?

いつもやさしいコメントに
感謝いたします。

あっそれから昨日の散歩
金蛇、菫の花、木苺の花にも
出会いました。
いらくさ
2010/05/05 00:01
よしさま。兄さんの断言、重く受け止めます。持って生まれた馬力・自力を使いこなしてゆくしかありません。
愛媛子さま。鯉幟と武士階級との関わりが深いものだとは想像がつきます。今ではアパートの窓に小さな鯉幟が揺らめいています。もののふが育つ社会なのかどうか・・
陽だまり。信じる者は救われる、鰯の頭、これもまた不思議なげんじつでしょうか。
いらくささま。世界の真相を知るのは大きければいいというものでもありませんね。要はこちらが側の度量、器の深さでしょうか。合掌
市堀
2010/05/05 08:10
> 管理人様

江戸時代の鈴木正三が、現代のパワースポットに近い流行があったと報告しています。多分、日本人の本性として、こういうものを求めたくなるのでしょう。
tenjin95
2010/05/05 08:11
お寺の方が神社よりも悲しみが集るので、「劣る」ですか・・・。
説得力があるようで、まったく無意味な優劣判定に、笑いこけました。

尻を置く坐禅の場所がそれそこよ

玉宗和尚と同じ感覚・・・と、未熟者の私が言っては失礼ですね。
でも、照顧脚下したその場所は、どこもかしこもパワースポットかな〜。だって、私の命と仏の命がクロスしている場所ですから。
真山
2010/05/05 18:50

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