再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 命、戴きます/不殺生戒とは?

<<   作成日時 : 2010/10/05 05:54   >>

トラックバック 0 / コメント 9

画像


秋時雨小さき花を泣かせけり 玉宗

異常気象や里山の荒廃など自然環境の変化によるものか、はたまた人間様の食生活の変化によるものか、今年は金沢郊外で熊の出没が頻繁している。昨年の倍以上の数に上るらしい。全国的なニュースにもなっている。
熊だけではなく猿や鹿や猪が増えて、或いは里に下りてきてヒトの暮らしへ入り込んで困っているという報道が毎年のように繰り返される。

日本は古来より、山野草や穀物や木の実などの根菜野菜の他に、熊や鹿や猪などの山の動物、魚や海草などの海の幸・山の幸・川の幸を受けてきていた。つまり自然界の恵みを受けているということだった。それは地球上に住む全ての国民・民族の食生活の基本的条件であろう。熊や猿や猪が一般の食卓に上らなくなったのは、供給と需要の変化があったのであろう。いつの頃からか牛や豚や鶏などが日本の世間一般にも親しい食材となっている。それには流行や偏見も左右しているのだろうが、食文化の異種交流が歴史的な事実でもあったに違いない。

人間が外の命を取り込んで生存を果たしている事実は子供でも知っている。古今東西それは変わらない現実であろう。昨今、海豚を食べる日本の食文化が、その筋の活動家によって批判され、攻撃されている。
確かに、人間の姿に近い哺乳類の命を食することに抵抗感を抱く人もいることを想像するのは難くない。然し、所謂動物だけが命ではない。草も木もエネルギー代謝を外から取りこんでの生命的反応態である。生命体のバランス、食物連鎖を云々するならば癌細胞のように増えすぎたヒトをこそどうにかするべきであろう。

国内だけではなく、情報化社会、グローバル社会になって尚更に食文化を始め異文化に対する寛容さと人類の傲慢さへの反省の質が問われている。

さて、一般的解釈として仏教徒の精進とは肉魚などを「食さない」ないことであると受け止められている。ここでは「食する」ことと「殺すこと」は同じものとして捉えられているのだろう。
仏教ととして大事なことは「不殺生」とは「殺生するな」ではなく「殺生しない」とういう自己を律する「戒」であり、他を束縛するための「強制」ではない筈だ。生物を殺生することに意義がないのだとしたら、そこには、不殺生が自己本来の命であるという私にとっての「世界との同一性」という自明の理がなければならない。

「戒律」とは何のためにあるのか?云うまでもなく「私がよりよく生きるため」であろう。その「生」は私だけの「貪り」を満足させるためのものであってはならない。自然界では必要以上の殺生をしないことは知られているところである。人間だけが訳のわからない妄想で「殺生」を「思想・正義・主張・自己の都合」として弄ぶ。思うほどに愚かな、そして哀れな動物であると言わざるを得ない。





よい記事と思われましたらポチっとお願い致します。合掌
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます
 思想・正義・主張・自己の都合
 ・・・独りよがりの考えに結びつきますね。
 相手を思う気持ちがあれば余裕が出てきますが。
湘次
2010/10/05 07:47
> 管理人様

道元禅師は、「吾我を離れよ」といわれ、盤珪禅師は「身のひいき」を止めよといわれ、仏陀は「我が無い」という世の真実の姿を見よといわれました。

これらはすべて、自分勝手な行き方を翻すように説いたものです。悟りが何だ、迷いが何だ、と議論する前に、この辺を抑えなければ、何も始まりません。大切な、大切な、仏祖の教えです。
tenjin95
2010/10/05 08:20
金木犀命預けますと囁くに    よし
yoshiyoshi
2010/10/05 08:34
お早うございます。
ようやくお天気も落ち着いて、秋の心地よさを感じられますね。

興禅寺さん再建復興のお祝い法要から、早や一年が経ちましたね。おめでとうございます。
皆さんお元気の様子で何よりです。

当方へたな焼き物を諦めきれずにもがいています。
また興禅寺さんに「在庫払い下げ奉納」を口実にお邪魔しようかと思っています(苦笑)
柏樹窯
2010/10/05 10:21
こんにちは。
>秋時雨小さき花を泣かせけり
写真とよく合っていて大好きです。 

俳句も楽しいですけれど
散歩も写真も楽しいですね。

写真を撮って良いですか?
とお聞きしたら
上げますよ!
と金木犀を気前良く大きく2枝
切ってくださった方のおかげで
今、ベランダがとても良い匂いです。
いらくさ
2010/10/05 11:40
こんにちは。
そうなんですよ。この野田の下、大桑町の公園に親子熊が、此処2〜3日パトカーが頻繁にサイレンを鳴らしてパトロールをしています。
人間界も動物世界も何かと騒がしいこの頃、
おちおち 散歩も儘ならない状態です。
なかよく 共存は無理なんでしょうか?
ルフレママ
2010/10/05 17:12
皆さま、コメントありがとうございます。

 湘次さま。
自己の参究がないままに、思いやりを云々することが間違いの元なのかもしれませんね。みな、人ごとのように論議するのはいかがなものかと思うのです。

 tenjin95さま。
末を尋ねて元を忘れる愚を繰り返しているのかもしれません。自戒しなければなりません。

 よしさま。
「塵のやうに光り輝く金木犀 玉宗」

 柏樹窯さま。
御無沙汰です。その節はお世話様でした。
また遊びにいらしてください。

 いらくささま。
「泣かせけり」で、恐らく、いらくささまに賛同してもらえるんじゃないかと思っていました。(笑)

 ルフレママさま。
うかうか歩けませんね。
チンドン屋さんのように慣らし物が必需品になるかもしれません。お気をつけて。

合掌
市堀
2010/10/06 12:12
>人間だけが訳のわからない妄想で「殺生」を「思想・正義・主張・自己の都合」として弄ぶ。思うほどに愚かな、そして哀れな動物であると言わざるを得ない。

重く、重く受け止めなければならない言葉です......。
叢林@Net
2010/10/06 22:45
 叢林@netさま。
コメントありがとうございます。
殺生戒が全ての基本であるとも言えましょうか。
言い換えれば生をどう活かすかという姿勢ですから。
合掌
市堀
2010/10/07 15:40

コメントする help

ニックネーム
本 文
命、戴きます/不殺生戒とは? 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる