再生への旅

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zoom RSS ある被災者の言葉・「眼は臆病、手は鬼」

<<   作成日時 : 2011/04/11 04:09   >>

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腸に染みる恩愛初桜 玉宗


今回の東北沖大地震の被災地である三陸地方は全国有数の漁業立県が連なっている。先日、報道の中で一漁村の漁師さんが地震と津波による後片付けをしている映像が伝えられていた。人生の大半を海とともに生きてきたであろうこの漁師さんは黙々と作業をしている手を休めることもなく、復興への感想を尋ねられて次のように答えていたのが印象的であった。

「三陸の漁師町には昔から眼は臆病、手は鬼になると云われているんだよ」

板子一枚下は地獄と云われる漁師家業である。自然の猛威を眼前にして尻込みしているようではとても勤まるまいし、口先だけでやり遂げられる生業でもなかろう。人間の恣意を離れた予想外の環境の中で、恵みを頂き、危険を逃れ、人生を営んできた漁師たち。大震災の猛威とその惨禍、被害の甚大なる現実を前にして、板子一枚下どころではない、首の皮一枚下の地獄と対面しているに違いない。

それでも彼らは諦めない。彼ら漁師は長年の経験で体が知っているのだろう。鬼のような手で以って今を具体的に、精一杯生きることが、地獄を這いあがる唯一にして最善の道であることを。自然の現実を尊重しなければ人間がしっぺ返しを受け、従順であれば多くの恵みを与えられることを。

今日も彼らはいつ終わるとも知れぬ瓦礫の撤去を黙々とこなしていることだろう。生きものの命を糧に手を汚す生業をしてきた鬼たち。その眼は涙を湛えているかもしれない。眼前の地獄に口先だけの復興や反省を繰り返す似非知識人と、彼ら愛すべくも哀しいカインの末裔たちのどちらが神に近いか。どちらが現実という化け物に足を着け手を着けることができるか。私には云うまでもないことのように思われるのだが。手は鬼にもなれば、仏にもなる。






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コメント(3件)

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停電の窓に凭れる花李    よし
yoshiyoshi
2011/04/11 06:56
玉宗様

早いもので1ヶ月が経ちました。
この1ヶ月の間 沢山の思いがありました。

親 親戚 友人 知人の安否が掴めず 知りたい気持ちと 万が一 と言う思いから 目を瞑り 耳を塞いだ日々も…

幸いな事に 親 親戚は皆命だけは無事でした。
が 沢山の友人の消息が未だに掴めません。

こちら宮城は漁業も盛んですが 農業も頑張ってるんですよ。
宮城特産の物も沢山有ります。

海水を被った多くの田畑…
また震災前のように
美味しいお米や野菜が作れるのはいつになる事か…

それでもやるしかないんです。
先を見ると 途方もなく遠く 挫けそうにもなります。
今は足元を見て 目の前の事から少しずつ 少しずつ…

玉宗様のブログには力付けられます。
ありがとうございます。
ひとみ
2011/04/11 11:57
 湘次さま。
いつまでも震災の影響が続きますね。ご不自由なことでしょう。踏ん張ってくださいね。

 ひとみさま。
そうでしたね。東北は農業も盛んで日本を支えていたのでした。海水に浸かった田畑が再生するには時間と手間が掛るようですね。
壊れるには一瞬であり、築きあげてゆくには気の遠くなる思いがいたします。
足元、手元を見失わないように「今」を生き切ってください。
合掌
市堀
2011/04/11 21:23

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