再生への旅

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zoom RSS 神の領域とは?原子力と生きる人間

<<   作成日時 : 2011/04/12 04:54   >>

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草の芽に生まれ出でたる光りあり 玉宗

東日本大震災から一カ月が経ち、死者行方不明者が二万七千人を超えた。福島原発の放射線汚染が及んでいる地域の遺体は収容されることのないまま土に還ろうとしている。未曾有の災害の悲惨さがここにもある。東京電力はここにきて、廃炉も已む無しという見解を公にした。正直なところ私などは、「えっ、今さら?!」という感があった。政府や電力会社は震災の被害に遭った原発をなんとか復旧手直しして、再稼働させようとしていたのだろうか?当初から廃炉、全面封鎖という考えがなかったことに驚いている。

私が非科学的な人間であることはブログを訪問されているお方には了解済みのことと思うので、以下はそんな私の妄想である。

原子力は人間の科学する能力の発見であり、原発原爆ともにその産物である。科学する能力を否定するつもりはないし、否定しようもない。それもまた人間に与えられた神の領域である。原子力利用は神の領域に手を入れたという見解もあるようだが、神と人間の関係というものも頗る矛盾に満ちたものであり、まさに矛盾力こそがこの世の面目ではないかと思うくらいである。

世の中の常識である原子というミクロの世界、又は宇宙というマクロの世界だけが神の領域なのであるのかどうか。つまり、人知の及び難い世界だけが神の領域なのかどうかという思いが私などにはある。目に見えない世界、目に見える世界、ミクロ、マクロ、現象非現象世界、内も外も、人知非人知、及不及、具象非具象、そこにある秩序、混沌すべてをひっくるめてが一にして全、或いはアルファーにしてオメガなる神の正体ではなかろうかと。それは私にとって殆ど信仰と呼ぶべき認識である。

現実のタブー、アンタッチャブルな領域を尊重してきた人類の歴史があった。原子力が神の力を拝借しているというのならば、畑の野菜も家畜も化石燃料も風車も水力火力発電も水車も電気もガスも手仕事もすべて神の領域の力を拝借していることになろう。神という名のもとに文明を人類の十字架とすることも、或いは免罪符とすることも、ともに人間の言い逃れであり、アリバイ証明ではないのか。

人間は文明という力をもって自然という素なるものを失いつつある。人類はそのことによって生まれる想定外のリスクを背負うことになったことを忘れてはならないと思う。原子力利用が人類にとって有益であるかどうか、と問うことも大事であるが、神の領域には常ならぬものなどなく、永遠を望むことが人間の欲望の領域であると知ることも大事なのではないかと思っている。






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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
また余震が来てエレベーターが
止まっています。
余震は1年続くと覚悟したほういいとか・・・・・
事故の評価が上りました
レベル7だそうです。

>草の芽に生まれ出でたる光りあり
何気なくて沁みます、いいですね。
桜の花、勿論好きですが
草の芽が出るところも可愛いです。
ああ烏が鳴いています
朝です、それなりに良い1日に
したいと思います!
では失礼致します。

いらくさ
2011/04/12 05:21
膝に抱く一升瓶や目借時    よし
yoshiyoshi
2011/04/12 07:29
 いらくささま。
レベル7になってしまいましたね。
今日の新聞には石川県でも大気中にヨウ素が検出されたと報道がありました。放射線に過敏にならざるを得ない風潮になりました。自然の中にあるものならまだ我慢もできますが、原発から漏れたという人災ともいうべき産物で、ほんとうに、なんとかしてほしいものです。
輪島の桜も三分咲き程になりました。
4月はよいお天気が続いて、ご開帳の日まで大丈夫かなといまから心配しています。(笑)
お気を着けてお過ごしください。

 よしさま。 
一句ありがとうございます。
「目借時地震に酔うてゐたりけり 玉宗」
市堀
2011/04/13 06:55
原子力つまり核エネルギーが、神の領域かどうかはわかりませんが、少なくとも生物とは共存しない物理現象のようです。元素を作り出す過程と、既存の元素を使って生物が生きる過程とは、どうやら異次元のようなのです。原子力利用は、本質的に「無理」なのではないでしょうか。
志村建世
2011/04/14 00:09
 志村建世さま。
なるほど、人間の作為があるわけですね。
過失では済まされませんね。
無理はいけません。
滅びの道を歩まないことを祈るばかりです。
合掌

市堀
2011/04/14 07:07

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