再生への旅

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zoom RSS スーちゃんの遺言

<<   作成日時 : 2011/04/30 03:30   >>

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逃げ水を追うて捨てたるふるさとよ 玉宗

元キャンデーズの女優でもあった田中好子さん、スーちゃんが亡くなった。私とほぼ同年代である。告別式では彼女の遺言ともいうべき肉声が流された。

「こんにちは、田中好子です。きょうは3月29日、東日本大震災から2週間たちました。被災された皆さまのことを思うと、心が、破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。

 私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でも、そのときは、必ず天国で、被災された方のお役に立ちたいと思います。それが、私の務めと思っています。

 きょうお集まりいただいている皆さまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。

 キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。特にランさん、ミキさん、ありがとう。二人が大好きでした。

 映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。お礼の言葉をいつまでも、いつまでも皆さまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。

 いつの日か、義妹、夏目雅子のように、支えて下さった皆さまに、社会に、少しでも恩返しができるように、復活したいと思ってます。
かずさん、よろしくね。その日まで、さようなら。」


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多くの人に愛され親しまれていた人生であったのだろうと推測できる内容である。あの世でも被災者のために役に立ちたいとの言葉には泣けてくる。死にゆくそのときにあたって、わが想念を語り、遺したいのは最後の人間らしさかもしれない。それにしても、先に逝く無念さとともに遺されたもの幸いを祈らずにはいられない人間のやさしさ、やるせなさ。

われわれは人生経験から、生と死を隔てることへの絶望感・疎外感・孤立感というものが推測できる。その一方で、臨終が近づくにつれ、人間はこれまで世界と一体として生きていたことを改めて実感させられるのではないかとも思う。それにしても、「感」は息をしている間際までのものであり、最後は「感」もろともに息を引き取るのだろう。

わが臨終は奈落の闇へ向かうようなものなのか、或いは天上の光りへ吸い込まれるようなものなのか。それはこれまで私の生きた総量の光りと影の果て。臨終、そこには人生の総決算の地平が展開されているのではなかろうか。








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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
蜜蜂は光の中へ帰りゆく   よし
yoshiyoshi
2011/04/30 08:08
 よしさま。
なるほど、命は闇ではなく、本来光りを指向するものと信じたいですね。合掌
市堀
2011/05/01 11:54

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