再生への旅

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zoom RSS 過ぎたるは及ばざるもの

<<   作成日時 : 2012/01/12 05:36   >>

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埒外に憚りながら着脹れて 玉宗

寒行托鉢五日目。吹雪模様の中を午後から四時間ほど歩いてお寺に戻る。凍えた手で手甲脚絆を外し、衣を脱ぎ、下着を脱いで、風呂場へ直行した。夫人はそんな私の後の脱ぎ散らかしたものを拾い集めて付いてくる。
浴後、庫裏でひと息つく。テレビでは、ある政治家の資金管理についての報道がされていた。

政治活動に必要経費が掛るのは当然であろうとは思うが、手元に億の現金があることに不自然さを感じない政治活動とは何なのだろうかと思ったことであった。仕事の大きさに比例する筈であるから、余程のことであるに違いない。私などは竟に億の金を見ずに終わるのであろう。寒行托鉢の頭陀袋の中はいつも小銭である。それが当たり前だと思っている。なんと小さな世界で生きていることよ、などとは思わない。これが私の生き方と切っても切れない金銭感覚であるから。

彼の政治家の天下国家を思う志を疑うつもりはない。恐らく、きっとそうであるに違いない。はっきり言って解らない。徒党を組んだり、天下国家の為にといった志が私にはない。又、多額のお金を使い回したり、蓄えたり、流通させたり、搾取したりする能力も私にはない。以前、占いを覗いてみたことがあるが、生涯食うには困らないが貯まることもないとあった。痩せ我慢も多少あるが、お坊さんとしては理想的なお金とのご縁である。

政治だけの話ではないが、人間関係の潤滑油がお金だけというのも危うい世界ではある。確かに、お金が無ければ困ることはある。しかし、あっても困ることがあるのを人は意外と認めたがらないのではなかろうか。過ぎたるは及ばざるが如しと言うではないか。お金も例外ではない。自他を滅ぼすことのないように純粋な潤滑油を、適度に使いたいものである。又、人間関係というものも徒党を組めばいいというものではなかろう。衆鳥集まれば枯折の憂いというものもある。

お金や人事だけではない。一事が万事。自己を活かし、人を活かす最適の関係性というものがあるに違いない。







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コメント(4件)

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外は風手焙(てあぶり)ひとつちんまりと   よし
yoshiyoshi
2012/01/12 06:59
 彼は地元では神様なのです。新年になってからやっと被災地に入り、短時間の訪問に「もう帰るのか」と言われたようです。”行った”というアリバイ作りに思われてなりません。
 選挙になれば中小の土建屋さんが丸こくなって票集めに奔走します。この構図は変わりそうもありません。だから政治の世界から離れたくなってしまいます。本当はこれではいけない、と思いつつ…
 愚痴をこぼしてしまいました。
 玉宗様の寒行托鉢に100円玉を入れてみたいです。
くろちゃん
2012/01/12 07:07
おはようございます
 食うに困らない程度にお金があれば幸せですが、欲がでると切りがなくなりますね。
湘次
2012/01/12 08:22
yoshiyosh樣。
懐も寒い日が続きますね。ちんまり生きて行くしかありません。いや、ほんと。

くろちゃん樣。
一度だけ、駅のホームで秘書たちを連れて行軍しているのを見たことがあります。私は禅師様と一緒だったので、「今のは代議士の○○さんですよ」と禅師様に教えて差し上げたのですが、ひとこと、
「ふ〜ん」と馬耳東風でした。
面白がっている自分が恥ずかしくなったのを覚えていまs。(^^;

湘次樣。
小欲知足は自然の法則でもあろうかと思っています。
合掌
市堀
2012/01/14 11:12

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