再生への旅

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zoom RSS 能登半島地震から五年を経て「震災から学んだこと」

<<   作成日時 : 2012/03/25 04:06   >>

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人はみな寡黙に春を傷つきぬ 玉宗

5年前に起きた能登半島地震の被災地でもある輪島市門前町では、昨日から恒例の「雪割草まつり」と銘打った催事が行われている。催事の賑やかさの陰に被災したことから何を学んだのだろうかと自問自答するようになった。能登半島地震の被害とそれ以前以後の震災被害を比較するのは憚れるのであるが、復興に当たって多大な援助を受けた能登であるのは否定できない。そうであるのに、東日本の震災瓦礫を受け入れるのに躊躇したり、震災に遭った事を見事に忘れてしまったかのごとき町の小奇麗さや、賑やかさには多少ならず閉口しているというのが正直な感想である。

被災後もそれ以前の少子高齢化や過疎化といった問題はなんら解決されていないようにも見える。解決しなくてもやっていけるということなのか、解決など手に余ることだと諦めているのか。震災で町が再整備されて、それでいいと満足しているのか。震災から学んだことはあったのだろうか?諸行無常を再認識しただけなのか?そうであるにしても、諸行無常を人生に活かすとは如何なることなのか。誰ひとりとして、そのような事をお坊さんに問い質したとは聞いたことが無い。復興とは何なのかと改めて考えさせられる。

忘れること。それを悪だとは謂わない。それは善悪を越えた命の自然な様子なのであろう。思い出したくないというのも又同様である。被災当所に聞かれていた生活支援、自立支援といった言葉。心の復興といった言葉もあったと記憶している。能登半島地震の被災者の心は復興したのか、旧態依然なのか。未だに被災者感覚なのか。変わらないと言えば何も変わっていないようにも見える。

人のことはとやかく言うまい。私自身が震災から何を学び、活かしているか。死から何を学び、活かしているか。そこがぶれてはいけない。

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平成9年3月25日午前9時41分。
毎年、地震が起きた時刻に夫人と二人でお経を上げ、鎮魂と復興の回向をしてきた。東北大地震以後はそれらの被災者、横死者への回向も併修している。今年はもうすぐ僧堂へ修行にゆく倅と三人でお勤めすることになろう。何をしても、しなくても、悔やんでも望んでも、そのようなわが思いを越えた「時間の厳粛な流れ」を感じざるを得ない。畢竟、生き残った者の都合が最優先しているこの世であると思わないではない。死んでいった者達の、血肉を受け継ぎ、魂を受け継ぎ、土を受け継ぎ、命を繋いでゆく。それが人の世の習いなのであり、人生の宿命なのであろう。神仏さえ、それを否定できないだろう。

命を受け継ぐとは、限りある命を戴き、再生させることだ。否定しようがしまいが、人はそのようにしてしてしか「永遠」に繋がる手立てを知らない。能登半島地震での死者は一名であるが、震災での死者だけがこの世を支えている訳ではない。地域と時と越えて圧倒的に多い死んでいった者達の魂の最先端に現在の私たちが命している。東北大震災は勿論、今この時も、「生」をして生たらしめんが為の「死」が現成している。

震災後、境内に植えた二百株の雪割草も年毎に少なくなってくる。今年は今のところ十株に満たないあり様。そうではあるが、この一輪の花を咲かせるために枯れ朽ちていった多くの名もなき花の命があったことを私は忘れない。

命に犬死というものはない。
永遠を見失ないがちな哀れな人間が生きているだけだ。





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蝶来れば花も喜ぶ日向かな  よし
yoshiyoshi
2012/03/25 04:20

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