再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 常説法・鐘の音が法を説く?!

<<   作成日時 : 2012/04/19 04:06   >>

トラックバック 0 / コメント 5

画像


かはたれのうやむや鐘の音はおぼろ 玉宗

僧堂には「鐘司・しょうす」と呼ばれる配役がある。
起床を報せる「振鈴」から始まって、就寝の「開枕鐘」を撞くまで、一日に決まった時刻や行持の合図の鐘や太鼓や鈴を鳴らす役目を担っている。

具体的に上げると、起床を報せる「振鈴」、暁天坐禅中に鳴らす梵鐘「暁鐘」、勤行を告げる「殿鐘」、食事を告げる「雲版・太鼓」、作務の開始を告げる「作務太鼓」、昼に打つ梵鐘である「日中鐘」、夕暮時の「昏鼓・昏鐘」、そして夜坐が終わってからの「開枕鐘」、その外、一日に五回更点といって時分を報告する点掛けがある。臨時に鳴らすものなどを含め、全て「鐘司」当番が任される。鳴らし物一つで全山のお坊さんたちが進退作法を決定するのであるから責任重大である。

比較的新参の雲水さんが割り当てられることが多い。鳴らし物と呼ばれる作法を先ず身につけ、音を聞き分けられる耳を持つことが安居修行に求められているということである。
興禅寺と大本山總持寺祖院専門僧堂は歩いて五分も掛らない距離に隣接している。朝晩の坐禅をしていると、更点や梵鐘の粛々たる音が聞こえて来る。

わが倅も、そろそろ「鐘司」当番が当たる頃である。一、二回は古参和尚から撞き方を伝授してもらい、遅くても三回目からはひとりで勤めなければならない。最近では、夫人も私も、祖院の梵鐘が鳴るたびに、孝宗が撞いているのではなかろうかと耳を澄ますようになった。

宗門では伝説となっている逸話がある。嘗て、永平寺の森田悟由禅師が金沢天徳院での修行時代のこと。
ときの住職が暁天坐禅中、いつもと違う「暁鐘」の音色に気付いた。それは梵音と呼ぶに相応しい、粛々とした鐘の音が響き渡ったのだという。感心した住職は「今日の鐘司当番はだれじゃ?!」と問われた。その人物こそが後に禅師になられた悟由和尚だったのである。

鐘の音一つでも、その修行者の境涯が推し測れると言われる。栴檀は双葉より芳し。倅がどんな鐘をつくものか、確認したかった。これもまた親ばかぶりの一端ではある。思えば、弟子が撞く本山の鐘の音を間近に聞ける住職もそうざらにはいないであろう。仏法の潤いに感慨深いものがある。

ところで、「鐘撞き堂・鐘鼓楼(しょうくろう)」には「常説法」という扁額が掛っていることが多い。
「常に法を説いている」だれが?外でもない。鐘の音が仏法そのものだと示しているのである。「祇園精舎の鐘の音。諸行無常の響きあり」とはよく知られたところである。実際に聞かれた方には説明を要しないとは思うが、無闇に撞いている訳ではない。実は鐘を撞く口伝と云ったものがる。

梵鐘は基本的に煩悩の数と謂われる百八声を撞く。消え入りそうで、消えないその鐘の音の消長。打つ方も、先に打った鐘の音が消えるか消えないかの瞬間を見計らって次を打たなければならない。切り、切らず。連なりながらも切れている。断絶でもなく、常住でもない、断見常見を超え、執着を離れている法のあり様。仏法とはそういうことである。鐘の音が「常説法」たる所以である。

門前の人達は朝な夕なにお寺の鐘の音を聞いている。人間だけではない、門前のお米や野菜、犬や猫や鳥、山や川や海、空気や水までもがお寺の無常説法を聞いて暮らしている。身にも骨にも、ものにも心にも、山水にも、生にも死にもお経が染みわたっている。お寺の町とはそういう独特の世界を醸し出している。これは私の偽らざる実感である。





にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
為手(して)を待つ型面白き貝の華  よし
yoshiyoshi
2012/04/19 04:56
「常説法」実家の隣には上寺(うえんてら)下寺(したんてら)が並び、日々金の音が耳に届いていました。法を説く話を子供の頃に聞かせてほしかった。
hinotori
2012/04/19 09:11
鐘の音は「切り、切らず」ですか。よくわかります。音楽でも映像でも、余韻が支配している「間」というものがあります。
 鐘の音の響く町へ行きたくなりました。
志村建世
2012/04/19 22:55
遅くなりましたが、ここの記事がとても好きです。
花てぼ
2012/04/20 15:24
yoshiyoshi樣。
貝の花?何かお寺の行事ですよね。よく解りませんでした。すんません。

hinotori樣。
鐘の音に挟まれて育ったということですね。
柔らかい脳みそに刻みこまれたことでしょうね。情操教育にお寺の鐘の音を!

志村建世 樣。
「間」ですか。日本には「間の文化」があるのかもしれませんね。

花てぼ樣。
お気に召して良かったです。一週間に一回はこのような分かりやすい文章を書きたいと思っているのですが・・・(^^;

市堀
2012/04/21 12:33

コメントする help

ニックネーム
本 文
常説法・鐘の音が法を説く?! 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる