再生への旅

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zoom RSS 人や命を思いやるこころ

<<   作成日時 : 2012/08/08 05:10   >>

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初秋の灯を司る目覚めかな 玉宗


その男性は、13歳で長崎の原爆に被爆し、一命をとりとめたものの全身に大火傷を負う。特に顔面右半分は耳を削がれケロイド状態を終生残すこととなった。当初は人類初の原爆の戦争被害者として社会へ向けて戦争の悲惨さ・原爆の体験とその非人道性を訴えていた。しかし、その後、被爆した日本人でありながら、同じ日本人の差別を受けながら生きていかなければならなかったという現実があった。
一被爆者としての社会への提言の意欲・使命感も失せるような人間社会の非情な現実。

しかし、男性は平成の世になって再び「被爆者の言葉」を語り始める。
それは戦争の悲惨さ、愚かさを知らない若い世代へ向けての遺言であっただろう。その言葉には戦後を被爆者としての差別とも闘ってきた男性の魂が胸に深く刻まれていることに感動を禁じ得ない。
講演の最後に、男性はいつも次の言葉で締めくくっていたという。

「結局、平和の原点は人を思いやるこころを持つことではないでしょうか・・・」

人の痛み、悲しみ、喜びに思いを致すことが平和の原点であるという提言はいつの世にも云い継がれてきた言葉のようにも思える。しかし、人間は「同じ過ちを繰り返す」動物でもあった。原点を忘れてしまう動物。思想や主義や正義や経済という観念世界に足元を掬われる動物。

「平和への希求」は理屈ではない。それは人類が闘争への本能との駆け引きの中で、築きあげ磨きあげ耕し続けて来たもう一つの本能ではないだろうか?
個でありつつ、集うことが避けられない命の矛盾。思い遣るというこころもまたその矛盾の中で育て上げて来た人類の知恵ではなかっただろうか。

「人や命を思いやるこころ」

それは社会的動物である人間の存在条件であり、和合の原点であり続けなければならないと思う。






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靴下の穴太りけり夕化粧  よし
yoshiyoshi
2012/08/08 07:21

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