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zoom RSS 俳句甲子園という社会現象

<<   作成日時 : 2012/09/03 04:12   >>

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われもまた惑へる蛇の如くにて 玉宗

「俳句甲子園」の現状を取材した番組がテレビで放映されていた。
番組では高校生の俳句部員が即吟・吟行・句会・ディベート等々に、若い世代ならではの真面目さ、一途さの中での学びの様子が垣間見えて感動的ですらあった。自称田舎のおじさん俳人にも色々考えさせられたことである。

「俳句甲子園」を仕掛けたのは名のある大人俳人である。それも心ある俳人と言ってよかろう。50代、60代が若手呼ばわりされる世界。そのような動脈硬化を起こしかねない世界へのアンチテーゼ、新陳代謝のカンフル剤となって欲しいという思い入れがあったのだろうとは推察できる。俳句界の若返り、それは俳句感性の若返りであって欲しい。そいういう意味では確かに俳壇に風穴を開けたのかもしれない。まさに起きるべくして起きた現象、企画、参画であり、注目すべき一つの社会現象であるには違いない。

「俳句甲子園」から巣立って、すでに現代俳句界の新人として名を馳せている方もいる。私の手元に彼等の作品が全くと言ってよいほどないので、批評の仕様もないのだが、作品もさることながら、おじさん的には彼らがどのような人間的魅力を持っているのかも興味のあるところ。文芸とは畢竟作者の魅力なのかもしれないと思っている。

自称俳人は私を含め掃いて捨てるほど、まさに多作多捨の状態である。「俳句甲子園」の試みが風穴を風穴とも感じない前時代的俳句感性に押しやられる可能性もある。そのような有り様の中で、斯界を覚醒させる新鮮な作家の登場は願ってもないことだ。嘗て俳句界の新境地を切り開かんとリードした正岡子規や高浜虚子達の青春群像があった。その後の新興俳句、社会性俳句、根源俳句、境涯俳句、新興俳句などで時代と切り結んだ青春群像があった。そのどれもが若い俳句作家達の輝かしい可能性の歴史である。

昭和、平成の俳句界が閉塞しているのか、成就しているのか様々に穿った見方、評価があるのだろう。今現在も、若き俳人が活躍してるのかもしれない。能登の田舎者が知らないだけのことなら幸いである。俳人も又、時代の申し子である。時代を切り開いてきたのはいつの世でも、若者の美しい可能性に満ちた生きざまである。文芸は感性がものを言う。「俳句甲子園」とは言わば、俳人としての感性を磨く一つの試金石、学びの場であるだろう。だれもが出会える場でもない。所謂「俳句的感性」といったものに捕らわれず、研ぎ澄まされた感性を以って新境地に切り込み、次のステップに進んでほしい。

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俳句甲子園歴代最優秀句

第1回
秋立ちて加藤登紀子が愛歌う  白石ちひろ

第2回
朝顔の種や地下鉄乗り換えぬ  森川大和

第3回
裁判所金魚一匹しかをらず  菅波祐太

第4回
カンバスの余白八月十五日  神野紗希

第5回
夕立の一粒源氏物語  佐藤文香

第6回
小鳥来る三億年の地層かな  山口優夢

第7回
かなかなや平安京が足の下  高島春佳

第8回
土星より薄に届く着信音  堀部葵

第9回
宛先はゑのころぐさが知つてをる  本多秀光

第10回
山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里

第11回
それぞれに花火を待つてゐる呼吸  村越敦

第12回
琉球を抱きしめにゆく夏休み  中川優香

第13回
カルデラに湖残されし晩夏かな  青木智

第14回
未来もう来ているのかも蝸牛  菅千華子

第15回
月眩しプールの底に触れてきて
  佐藤雄志









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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
寂しくて無月の宵は酒温む  よし
yoshiyoshi
2012/09/03 06:59

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