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zoom RSS 銀杏作務の思い出

<<   作成日時 : 2012/09/27 04:16   >>

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喰うて寝てばかりぞ雁の渡るらし 玉宗

大本山總持寺祖院香積台玄関前の参道には銀杏の大木が聳え立っている。
毎年秋も半ばを過ぎる頃になると熟した実がぽとり、ぽちゃり、ぼてっ、こつんと頻りに落ちて、参拝者を喜ばせ、且つ悩まさせる。それは山内に修行する雲水さんにとっても同様であった。

私が出仕していた頃は、毎朝作務の折りにバケツと火鋏をもって銀杏の実を拾う「銀杏係・ぎんなんけい」という配役がいた。「銀河系」はスケールが広大であるが一字違いの「銀杏係」は、太陽系の地球という水の惑星の片隅で輝いている地味な作業である。
大風の後は落ちた銀杏の実で足の踏み場もなくなり、さすがに一人では間に合わず、山内総出の「銀杏作務」となる。風が全ての実を一時に落とせば都合がいいのだが、そうもいかない。いつまでも参道を通行止めにする訳にもいかない。立場上、放って置くわけず、止むなく振るい落としたものだった。

高さにして15メートル程はあるのだろう。竹竿で叩き落とすのにも限界があり、幹に梯子を掛けて登り、枝に乗り移って揺さぶり落とさなければならない。ご承知のように銀杏の実は脂っぽく、枝に潰れて滑り易いのだ。
ハッキリ言って、 「怖い!」
祖院に出入していた大工さんにやって頂いたこともあった。見ていると、怖がる素振りもなく見事に枝の先の先まで振るい落としてくれたものだった。私などは幹に命綱を巻いていたのだから、流石大工さんであると感心したものだった。

上ってみると恐怖と疲労と羞恥心で心拍数が上昇しているのが自覚できるのだ。なんか呼吸も苦しくなる。枝の上で泣きだす訳にもいかず、精一杯奮闘したつもりだったが、あきらかに腰が引けているのが自分でも分った。
下から見上げている雲水たちが笑いを堪えて心配している素振りを見せているのも微妙に伝わってくる。

「ああ、かっこわる〜い、、、、もう二度とするものか!」

などと後悔しつつ毎年登ってはいたのだから、なんとかは高いところが好き、、ということを証明していたのかもしれない。

振るい落とした実は袋に入れて、ひと時野外に放置。頃合いをみて果肉を取り除く作業に入る。
これがまた中々に難行であった。鬼屋川の上流へ袋に詰めた実を運び、川瀬で笊に入れて揉み洗う。秋の暮の夕風が体を冷やす。果肉を取り除いてきれいになった実を僧堂へ持ち帰り、茣蓙を敷いて倉庫に並べ干して終了。一日作業であった。
銀杏は精進料理で使われたり、山内の売店で売ったりしていた。売上金でストーブなどの備品を揃えた。作務の合間のおやつに出されることもあった。沢山採れた年などは山内の従業員のおばちゃんたちにも現物支給された。雲水の中には冬場の手作りかき餅と祖院の銀杏を故郷へ送るものもいた。

ところで、銀杏は夜尿症に効能があるとか、食べ過ぎると馬鹿になるとか聞いているが本当だろうか。
そういえば、銀杏拾いをした手であそこを弄ってかぶれてしまい、食べる前にお馬鹿さんを証明してしまった雲水さんもいた。ん〜 あぶない、あぶない。
それでも青空のもとでの銀杏作務は楽しかった。ちょっ怖く、そして臭かったけれど・・・・

                    

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
出来秋や風に抗う逸れ雲  よし
yoshiyoshi
2012/09/27 06:36
お寺の方々の息遣いが聞こえるような、銀杏の実の香りがしてきそうな、楽しいお話でした。銀杏のギンコライドは痴呆に効くとも聞きますが、バカになったらいやだなあ。
まのじ
2012/09/27 21:40

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