再生への旅

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zoom RSS 時間とは何か?!

<<   作成日時 : 2012/11/01 04:09   >>

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これ以上背伸びはできず雁渡る 玉宗

今日から11月である。今年も残るところあと2か月。先のことを当てにするなと人には言うが、春夏秋冬、一年12ヶ月、一日24時間、頭の中に時間の区切りをつけて日々の生活を繰り返している実際であることは誤魔化しようがない。
予測を抱いて事に当たる事は決して間違いではない。将来の不安定要素を考慮して人生を積み上げて行くことができるのも知恵を持つ人間ならではのことである。今を大事に生き切ると言挙げして已まない仏道というも、行き当たりばったりの、今さえよければといった無闇な生き方を勧めているわけではない。

むしろ、死すべき将来を控えている命の実相に即して人生を設計していこうと云うべきものであろう。死すべき命という前提から今のあり方を点検し、戴き、施し、離れ、即き、紡ぎ、解いてゆく。死はそのような今を大事に使いこなす最後の総仕上げとも言えよう。私は日々、死に方を習っているように見えなくもない。

時間とは何か?

過去とはあると云えばあるし、ないと云えば無い。未来も又同じ様相を呈して私の中に現れる。平均寿命からすれば大凡あと何年生きらるであろうと思い描いて人生を歩んでいる私たちだが、死という因縁が私の都合を越えてやってくることをどうしようもない。生れてきたときもそうであったように、時間とは私の誕生と共に始まった。私の誕生と共に世界が立ち現われた。私の誕生と共に迷悟が始まり、善悪が始まり、生老病死が始まった。

時間とはわが命のことにほかならない。その私とはあってなきに等しい些細な存在ではあるが、そうであるがゆえに大いなるものと一体であるといった具合のものであることも紛れもない事実であろう。思い通りにならないということは些細な私という存在が何かと一体であることの証明ではないか。

私とは何か?

時間的にも空間的にも塵に等しい一瞬の流れ星のようなものである。塵であればこそ光るのであろう。諸行無常とはそれだけのことであり、それだけのこと故に執着すべき対象ではない所以なのである。一期一会の命を粗末にするもしないも、当人に任せられている。なんという神の無責任!
ことほど左様に、人生とは創造していくものであることが宿命付けられているのである。時間とは各々が創造した人生の尺度、深さ、豊かさの別名である。




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内 容 ニックネーム/日時
日野原先生の『いのちのおはなし』 短歌:残されたる時間をおもふ残されたるいのちをおもふ時間はいのち(吉野昌夫)今読んでいる『なぜ、悩む!』(玄侑宗久・A.スマナサーラ) 等と合わせてご住職の文章を読ませていただきました。ありがとうございました。

2012/11/05 18:33

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