再生への旅

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zoom RSS 言葉の体温、色合い、力

<<   作成日時 : 2013/04/12 04:41   >>

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春潮の寄せては返すなにかある 玉宗



輪島の朝市を通ると、両側に並んだ出店の中から売り子のおばちゃんたちが声を掛けてくる。

「お客さん、こうてくだ。」

一昔前までは「こうてくだ」は観光客へのごく普通の掛け言葉だったのだが、今ではそれに代わって「こうてって」が主流らしい。それは単に売り手側の世代交代という理由だけではなく、買い手側の問題もあるのではなかろうか。

「こうてくだ」という言葉を聞いて「余り、良い感じはしない。ちょっと怖いな。押し付けがましい」という評判が近年多くなったらしい。古老の話として、本来「こうてくだ」にはその様な意味はなく、「こうて」は「買って」であり、「くだ」は「ください」を略したものだという。それが、どうして聞き取り側には極端に言えば強迫めいて受け取られるのか?
「こうてくだ」も語る人によっては「買ってくれよ!」みたいな響きをもつこともあろうし、「かってくださいませんか?!」というような波長が伝わってくることもあろう。その人の心模様が響きとなり、光や影となり相手に届くのであろう。

「こうてくだ」だけではない、「死」や「愛」という言葉一つでもその温度差によって相手の反応も違ってくるものだろう。勿論、その場に適した言葉を選択すること、そして語彙や素養があれば意思の疎通に便利だろうが、便利さだけがこころを通わせる秘訣ではなかろう。もっと言えば言葉以前のもの、生きる姿勢の真実が言葉に力を与え、相手に伝わるのではないか。いのちの影や光りが言葉に反映する。そこには確かに「言葉の体温」と言ってよいものが感じられる。こころのひろやかさ、こだわりのなさ、やわらかさのようなもの。或いはその逆の冷ややかなもの。

人を活かし自己を活かす「愛語」。それもまた布施のこころがなくては適わないものであろう。人間は言葉一つも惜しんだり、拘ったりする。言葉を惜しみ心を惜しむ。言葉を貪り心を貪る。笑顔を惜しみ笑顔を貪る。愛を惜しみ愛を貪る。生を惜しみ生を貪る。そのようないのちの自傷行為をもまた人間らしさと言わなければならないのも悔しいことではある。

「こうてくだ」問題だけではないが、凡そ挨拶、会話といったものは、向かい合う双方に塩梅し、味わう匙加減が試されている。言葉とはその人間の感性の色合いである。言葉には体温と共に色合いや力量というべきものがあろう。そのような人間性がやりとりされている。寛容で、のびやかで、慈愛に満ちた、そんな生き生きとしたこころが醸し出す言葉を使いたいものではある。

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「アネモネ」

沖見ゆる路地にて海女の梳る

海女老いて礁に風をきくばかり

海女といふ海と契りし肌えかな

黄水仙終の棲家を縁取りぬ

噛み合はぬ日もあり春の深みかな

山に棲む人みな無口茎立ちぬ

誰の目にもたんぽぽの黄は飛びこめる

目刺喰ふ敷居の無さが味気なく

雉の目の不信極まり見開きぬ

連翹の花がごちやごちや咲いてをる

アネモネの些か開き過ぎかとも

少しだけ春たけなはを狂ふかな

底ひなき空へ鬨あぐ辛夷かな








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