再生への旅

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zoom RSS 朝顔

<<   作成日時 : 2013/07/15 05:02   >>

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朝顔や死ぬるいのちを寄せ合うて 玉宗

梅雨らしい天気が続いている。
昨日は午前中晴れ間をみて二時間ほどかけて寺報配りに歩いた。窓辺や玄関先に朝顔を咲かせている家が目に付いた。朝顔は歳時記では初秋の季語になっている。この花には確かに初秋の朝涼が似合う。

私には朝顔に「家の花」というイメージがある。朝顔の花の向うにある家の歴史、諸行無常に思いを寄せたくなる。興禅寺の住職になって二十余年。お寺にも私にも変遷があったが、檀信徒の変遷にも隔世の感がある。30軒ほどの檀家であるが、この間、40名以上に上る方を亡くし、葬儀で引導を渡してきた。全ての故人の顔とともにその人柄や言動が脳裏に焼き付いている。今生をひととき共に生きていた人達。彼らだけではない。肉親、親戚、知人等々、今現在生きている人間より、死んでいった者の数が圧倒的に多い事実がある。出会いと別れ。人の世の営みの切なさ。家族という一期一会の縁。

生きている私とは、それら死者の血と肉と志を受け継いでいることに他ならない。土と空をわがものとし、天地を喰らって生きているのである。

朝顔の花の色には、そのような人間の業を慰めてくれるような趣きがある。赦してくれているような奥ゆかしさがある。


朝顔の紺の彼方の月日かな 石田波郷


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「涼風」

わが家の裏口にゐて風涼し

涼風に切なきまでの肌かな

捕虫網風を孕みて駆けだしぬ

桐の葉のひらめく風の青かりき

翳るほど楊梅の実の鈴生りに

篠をつく雨に落ちたる杏子かな

梔子の花の白さに拒まるゝ

あかときの遠雷を聞きまた眠る

交番の庇の燕巣立ちけり








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