再生への旅

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<<   作成日時 : 2013/08/25 03:28   >>

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瑞穂なる里のつましき秋祭 玉宗

輪島市門前町は数年前から「禅の里」と銘打っている。
大本山總持寺祖院もあり石川県は禅宗が多いのだろうと思っている方もいるようだが、北陸はなんと言っても「真宗王国」であり、実際のところは曹洞宗も又そのの裾野を借りているような現実がある。門前町には大本山總持寺祖院を除いた曹洞宗寺院が三か寺あるが他宗派の寺院やその檀信徒の数が圧倒的に多い。町内の他宗派の方々は「禅の里」と広告されてどんな思いを抱いているのかと気になったりすることもある。
確かに總持寺祖院の門前に限って云えば曹洞宗の檀家さんに囲まれてはいるが・・・。

大本山総持寺が百年前まで確かにここにあり、門前が賑わっていたのは事実であり、今現在も「祖院」として注目され、観光のスポットにはなっている。能登半島地震以後、興禅寺が位置する總持寺通り商店街は復興整備され小奇麗になった。「寺の町」として再生したと思いたいが、興禅寺との関わりは少なくなったのも事実である。少子高齢化の問題だけではなく、そこには「お寺とはなにか?」といった再生に欠かせない新たな時代認識の問題が横たわっていると私は考えている。

ところで、他の二か寺でもそうだと思うが、興禅寺の檀家さんの家系からは多くのお坊さんが出ている。そのような現実を目の当たりにすると、やはり「寺の町」ならではという感慨を持つのである。歴史があるのだ。
過去帳を捲っていると必ず一家の中で一人は出家していると言ってよい。
実は、今日、そのような謂れのあるお坊さんが実家である檀家さんを数年ぶりで訪問し、菩提寺である興禅寺にも寄って下さることになっている。能登半島地震でも再建に援助して下さったお寺さんである。数日前から境内内外の掃除に余念がないのも、そんな訪問客があるからである。

来訪者の為に家を掃除するというのも意味のある事だ。日々の来客も遠来の客も、文字通り一期一会の出会いである。再建なった実家の菩提寺を見て戴くのも住職冥利に尽きる。お寺への時代の要請がどのように変わろうとも、小さい寺なりに一隅を照らしていく覚悟だけは持ち合わせている。


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「地虫鳴く」

血圧が尋常でない地虫鳴く

真夜中の月の海原深眠り

聞き分けのよい子に縋る草虱

言はれなくとも徒食の類種ふくべ

今日も又鵯一羽来たるのみ

意に添はぬ風もあらうに女郎花

蕎麦咲いて筋金入りの夕間暮れ

銀漢へ少し近づく肩車

意外と梨を喰ひつゝ本は読めぬもの

火宅へと深入りしたる竈馬かな






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