再生への旅

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zoom RSS 悩ましいアンソロジーの誘い

<<   作成日時 : 2013/08/29 04:53   >>

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踝をあらふ漣実はまなす 玉宗

さる出版社から俳句200句づつ掲載のアンソロジーの誘いを受けている。俳句の数は捨てる程あるにはあるが、さて、世に問い、どんなもんだい、とそっくりかえれるような作品があるのかないのか。われながら覚束ない。
そんなことより、悩ましいのは、金のない私の弱みに付け込まれているようで、なんだか面白くもない。「安売りしていいのか?」という悪魔の囁きが私の何処かにある。そしてまた、「二束三文でも人の目に触れるだけでいいじゃないか。永遠に埋もれてしまい、市堀玉宗もその作品もなかったことになるよりマシではないか」といった天使の囁きもある。

アンソロジーにも様々な勿体をつけて撰修しているようだ。「現代俳句精選」とか、「何十代秀英作品」とか、結構あちこちで目に付く。句集が売れない出版業界にしてみたら、少なからずアンソロジーの企画は面白味があるのだろうか。候補者として選んでくれたことに悪い気はしないが、もうすぐ還暦になる俳人を誘うなど、どぶさらいの観が否めない。悩ましい所以である。お坊さんが煩悩の世界に浸潤しているというも面白くない。だれか金を出して私の作品を出版してくれないものか。あるいは宝籤に当たって好きなだけ贅沢な句集を出す、などと言った妄想を逞しくしている私である。

試しに代表的なアンソロジーを検索したらこんな感じ。

抒情詩
Tottel's Miscellany (1557年、イギリス)
Le Parnasse contemporain (1866年、フランス)

詩選(漢詩)
唐詩選
懐風藻
文華秀麗集

歌選(勅撰)
古今和歌集
後撰和歌集
拾遺和歌集
詞花和歌集
千載和歌集

歌集(私撰)
万葉集
小倉百人一首

連歌
菟玖波集

まあ、これは悪い冗談であるが、私の作品などこんな世に残るような代物ではないとは思うが、文芸を志す者は誰でも臍のゴマくらいは後世に遺ることを期待しているに違いない。俳句などは本質的に刹那的なところがあるが、今消えてそれでよし、とする文芸というのもどうなんだろうという思いもなくはない。というより、後世に「残した」のではなく、「残った」のであろうし、作者にしてみれば死後に持て囃されるというのも名誉ある味気なさではある。人は死して名を遺し、俳人もまた死して作品を遺すか。
業界に踊らされた句集刊行の隆盛。資源の無駄使いと言われて久しいが、一向に已む気配もない。活字に残すことは名誉心の表れでもあろう。金も名誉も女もいらぬ、あたしゃ頭の毛が欲しい、という訳にはいかない人間の性が哀しいね。


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「秋の雲」

松ぼくり拾ふ妻との旅の朝

白桃の初な重さに戸惑へる

サフランの花の終りは消ゆるごと

梨剥いてゐる間も探り入れてをり

さやけくて死ぬことさへも忘れゐし

風はもう誰のものでもない芒

子の服を畳んでゐたる夜長かな

おもしろき雲流れゆく案山子かな

ながらへし恥も身の内秋の暮

雲ばかり見てゐる秋の腑抜けかな







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