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zoom RSS 種田山頭火忌二十句

<<   作成日時 : 2013/10/12 05:30   >>

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生き死にのいづれ哀れや山頭火忌 玉宗


昨日は自由律俳句で知られた種田山頭火の忌日であった。今では以前ほど、その作品に好意を寄せている訳ではないが、偶に自分の中で定型を越えた内在律に従って詠んでみたくなる。山頭火には自由律と云うリズムがある。単なる破調ではない。肉体の気息、リズムみたいなものだ。定型に縛られない解放感と脆さ。矛盾したいのちのダイナモ、そのものであるかのような表現。

ということで、山頭火の命日に因んで、自由律もどきの作品を作ってみた。作ってみて感じたことはつくづく人間臭いなということである。山頭火は煩悩を絶つのではなく、煩悩と共に生きて行ったのだろうかと思うのである。煩悩そのもに善悪は無い。いのち生きる力の表れであろう。然し、なにごとも力任せというものは破綻する事が多い。自己の煩悩との間の取り方、関わり合いを学ぶこと。仏道と文学と。どちらも人生の創造であることに違いは無い。



「種田山頭火忌二十句」

あすはもうないかもしれぬ釣瓶落とし

どうということもない長過ぎる夜のわたし

かなしくてならぬ秋蝶を追う

夢が雪崩れ落ちる銀河の絶叫

虹の向うで何度母を愛したことだろう

幸せだつたのだろうか母に似ている手を見る

地の果てまで父の焼酎を買いに行く

暗黒の股間が私を跨いで行つた

いつまでもふるさと行きの駅に迷う夢

子を捨てかねて唄う月の子守唄

親はいつも井戸の底

置いていかざるをえない辛さに柿を剥く

酔えば酔うただけの月明り

生きながら死ねよと云われ鐘を撞く

月の河原にひとり歩める

負けてばかりいた父の骨を拾う

墓石に来て鳴く虫がいる

秋の山あれは亡骸の壊える匂いだ

生きているかぎり死ねない夜長

呑まずにはいられぬ種田山頭火の忌なりけり








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