再生への旅

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zoom RSS 兄弟子という存在

<<   作成日時 : 2013/11/02 05:08   >>

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しぐれ雲らしき暗さに掃き急ぐ 玉宗

私の唯一の兄弟子が昨晩亡くなった。亨年80歳。兄というより殆どおじさんみたいな感じである。血は繋がっていないが同じ本師について仏法を継いだ間柄ということになる。

出身は輪島。若くして先師の養子となり、厳しい小僧時代を先師の下で過ごし、その後、本山へ修行に入った。縁あって滋賀の山奥の寺の住職となり、自坊を護持しながら祖院を始めとした二三の僧堂で雲水の指導者としての役を勤めて来られた。

真面目ながらも温厚で、実篤で、控え目な一方で、お酒も好きで、人情味もあった。真面目な表情以上に、優しい笑い顔が忘れられない。厳しい師匠に長年ついて練り上げられた誠実で真面目な人柄が、私にとっては数少ない信頼のおける存在であった。祖院僧堂で数年御一緒したこともあった。公私に亘り、気にかけて戴き、ご迷惑も多々とおかけしたことである。やんちゃな弟弟子に気をもんだことであっただろう。

自坊に入ってからは何人も里子を預かるなど社会福祉への貢献も続けて来られた。男子に恵まれず後継を心配していたが、紆余曲折の果て御息女の次男が後継者として決まった矢先の訃報であった。
同じ性を名乗る身内としては勿論、同じ仏の飯を頂いた同志としての思いも強く、夫人と共に取るものもとりあえず駆け付け、枕経を唱えたことである。教区の御寺院の都合もあるようで、通夜・葬儀は数日後ということに。葬儀では身うちながら、脇導師を勤めさせて戴くことになった。些かなりとも御恩返しができればと敢えてお引き受けし、夜半には輪島に戻った。

今年は初夏の頃に、門前出身の住職が亡くなり滋賀の山寺へ夫人と参詣したばかりである。ここへきて、大事な、そして懐かしい人達が次々に亡くなっていく。寂しい限りではあるが、今生を共にさせて頂いたご縁にただただ感謝の念が湧くばかりである。そのご恩に報い、恥じない人生を送らなければと改めて痛感している。失くしてみてその有難さを知る。未だにそんな後追いの人生を送っている私である。合掌。


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「夜の淡海」

淡海を沖としゆるゝ芒かな

亡骸の眼窩に聞くや秋の風

なきがらに添ひ寝せし夜の寒さかな

死んでゆく色なき風のかろさかな

露けしや天地にいのちひとつづつ

比叡より雲の出でくる刈田かな

雁や夜の淡海だれもみず

鮎錆びて油のやうな夜の湖

遺されしものら合ひ寄る秋灯

湖の波ひた寄する新松子

魂集ふにぎはひにあり菊膾

秋風や仏弟子といふなれの果て





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