再生への旅

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zoom RSS 今日の生老病死「病棟三十六景」

<<   作成日時 : 2013/11/28 05:14   >>

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病棟はさながら枯野妙に明るい 玉宗

夫人のちょっとした受診に付き添って病院で半日を過ごした。
私は以前、この病院の歯科で治療を受けたことがある。その際の医師は俳人でもあり、爾来の知己である。面会を求めたのだが、手術中とかで遠慮せざるを得なかった。

待合に控えながら「富嶽三十六景」ならぬ「病棟三十六景」を妄想してみた。様々な人生模様を抱えて日に何百人と来院しているのだろうと思うと、人の世も只事ではないことに茫然となる。明日は我が身の、否、即今只今の生老病死である。わが身の来し方行方を顧み、今を慮ってのことであることは言うまでもない。すべてはわが風景。

生きていることの奇蹟。一寸先は闇の人生である。それは危うく、暗いと言えば徹底暗い。灯は何処にあるのだろう。それは自己にあると祖師は諭される。それぞれが自己を灯として、照らし合う。限りあるいのち故の支え合い。それがそのまま灯の明るい世界の創造であることに気付く。

いのちの景色。永遠の中の点景。刹那の輝き。「生と死」を見つめて人類はここまで灯を繋いできた。
今生きている者より、死んでいった者の方が遥かに多い事実がある。生きるとは死者の血と肉と土と魂を喰らうものの謂いである。誰が死者の夢や無念を語り、志をつぐことが出来るだろう。神様だって、それをとやかく云うことは出来まい。

生老病死の現実にしっかり足を着けて永遠と云う空の星を見つめる。娑婆とはそのような世界なのであると思いたい。そのような人の心模様に思い至ることができる病院とは実に切なく、そして頼もしい空間ではある。



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「病棟三十六景」


着ぶくれて健康保険証差し出しぬ

木枯しのごとき耳鳴り耳鼻咽喉科

暖房の効きすぎ糖尿病患者

女医さんは颯爽としてシクラメン

病人はどこか歪で冬うらゝ

厭な奴が近づいて来るマスクして

北風に押されて緊急外来が

咳込むも憚る脊椎狭窄症

無愛想な主治医の胸に赤い羽根

待ち惚け喰はされてゐる咳払ひ

人生の幕引き近き日向ぼこ

先生の嘘が気になる悪寒かな

検尿のコツプを隙間風に置く

木枯し一号番号で呼ぶ患者食

人はみなどこかが病冬木の芽

風邪の赤ちやん夜空のごとく泣きじやくる

吹きだまる落葉の第二病棟へ

レントゲン写真はまるで冬木立

急患が銀杏落葉を蹴散らして

病棟はさらがら枯野妙に明るい

女医さんに叱られてゐて冬あたゝか

死ぬといふ遠くて近き冬灯

頬つぺたが冬の林檎で橋本病

あきらかに極道マスクしてゐても

紅葉狩りせしごと病院にゐて遊ぶ

見た目には元気な病人冬の鳥

病棟はほとんど迷路冬の森

通院が癖になりさう小六月

膝掛やいのち切なく寄り添ひぬ

車椅子小春の岸へ押し出しぬ

病人を横目に今川焼を喰ふ

灯を点し巨大病棟捕鯨船

綿虫は冥途の使ひどこよどこよ

冬のゆふべは書き損じたるカルテのごとし

外に出れば木の葉舞ふさへ懐かしき

迸る尿ありがたや冬銀河





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「病棟三十六景」に感嘆。病院風景をこのように活写した俳句の連作を、初めて見ました。傑作ですね。

志村建世
2013/11/29 00:27
玉宗様の句で今日のが一番よく味わうことができました。(わかりやすかったなどというとまた面倒なことになる。)
花てぼ
2013/11/29 21:24

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