再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 仏の道に生きる

<<   作成日時 : 2013/12/07 05:10   >>

トラックバック 0 / コメント 1

画像


臘八の朝粥に眉濡らしをり 玉宗


臘八摂心も愈々ラストコーナーである。

宗門では七日深夜、明けて八日の未明まで坐禅が続き、法堂へ上殿して小参。終って打眠し、起床後、八日の遇中に成道会正当法要を修行するのが一般的である。
弟子も今頃は足腰の痛みに耐えながら精進していることであろう。お坊さんであれば誰もが体験しなければならない世界である。
坐禅に支えられ、坐禅に引っ張られ、坐禅をわがものとし、坐禅を坐禅とする。一度でも腰の抜けるほど坐ることなくして宗門の坐禅を語る資格はない。

どの道でも、その道で生きると覚悟したからには余所見せず、あきらめず、歩き続けることが肝要である。道が道を教えてくれる。道が歩みを教えてくれる。歩みが道を教えてくれる。道が自己を教えてくれる。それこそが生きる醍醐味であると肝に銘じるべきである。

ここを置いて余所に自己の正体があろう筈もないことに一刻も早く目覚めるのに越したことは無い。今を蔑ろにせず、今に滞らず、今を越えていかなければならない。それこそが生きる意義であると身にも心にも知るべきである。

明日の事は解らないが、いつか死ぬことは間違いない。道の半ば?そんなことは有り得ない。それもまた妄想である。半途にして疎かならず。全途にして退せず。いつも道の真っ只中であり、道と共に生き、道と共に死ぬのである。

これこそが仏弟子の本懐である。それ以上のことを私はわが人生に求めることはしたくない。


画像



「臘八」

人の世に人は絆され根深汁

賀状書き終れば蒼き夕べかな

漱石忌薬に食前食後あり

臘八やけものじみたる僧の髭

沖止めの風に目瞑る冬鴎

ねんねこやだれをさらひに来る夜風

古暦夢もうつゝも大差なく

毛糸玉いのち切なく身籠れる

あかぎれや水に仕へし妻の手の

白鳥のうらさびしさが眩しくて






ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
はからいの 網目貫き さすひかり
圓かに満ちて めでたかりける

日ごろの御厚情を謝し奉ります。

すくと立つ 法嗣の君の めでたさや
金剛法座の 大樹ごとくに

Oil Lamp of the Poor
2013/12/07 05:59

コメントする help

ニックネーム
本 文
仏の道に生きる 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる