再生への旅

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<<   作成日時 : 2014/02/19 17:48   >>

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春風にそゝのかされて以来なり 玉宗

「溺れるもの藁をも掴む」という言葉がありますが、仏道的には「溺れたくなかったら藁を掴むな」と言いたいところです。藁を掴むから溺れるのです。藁のような些細なものにしがみ付いている人間。溺れるとは勿論、人生の話です。世の中には自分が溺れていることに気付いていない人もいるようですが、藁をつかむとは「執着」のあり様のことです。「藁」のごとき取るに足りないものに拘り、後生大事に持ち歩いて生きている人間。見栄や肩書きや金や主義主張等々、様々な見解に縛られて実相を顧みない、ありのままの世界を有耶無耶にして、誤魔化しの利かない世界で自分だけが埒外にいると思い込みほくそ笑んでいる人間。一体誰がそんなことを教えたのでしょう。

人生に行き詰るのは「溺れている」証拠です。行き詰ったら自分は藁を掴んでいるのだと思い知って手を放てばいいのです。行き詰まりは再生の機会です。行き詰まりは目覚めへの踏み台です。
つかんでいた藁を放ち、執着のない世界へ飛び出しましょう。人生とは百尺の竿のてっぺんにしがみついているようなものです。諸行無常の今です。危ういことこの上ない。だからこそ手を放ち、身を捨て、心を開き、拘りのない地平を歩み、泳がなければならないのです。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。放てば手に満てり。それが真実です。ありのままとは私のない、私ごとのできない世界のことであり、私に拘ることに意味のない世界のことです。私がなければ全てが、「ただ、そうある」だけのこと。事実とはそういうものです。本来、現実とは実に大したものなのです。

溺れる人間が尊重する現実とは大概「私の現実」です。社会は様々な「私の現実」の狎れ合いであり、駆け引きであり、すったもんだである場合が多いように見えます。実につまらない現実です。早晩行き詰るに決まっています。もっと、大らかで、なんともない世界で、歩み、泳ぎ、飛んで、命のてっぺんで生き生きと暮らしてみませんか。お大事に。合掌。

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「雨水」

窓開けて雨水の風を入れ替ふる

獺の祭りし魚や傷だらけ

魚は氷に上る光りをぶちまけて

ひそやかに名もなき春の川ながれ

そろそろと家出の支度水温む

春の泥つけて近道下りて来し

風花の峠を二つほど越えて

仙人になりそこねたる春の風邪

梅を見に行方知れずの妻なりし

子を産みしおゐど掲げて芹を摘む





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「その辺」

海原は淋しきところ鳥雲に

授業中古巣が見えて困るなり

月影のあかるく涅槃したまへり

涅槃図の嗤ふがごとく泣き崩れ

冴返る伽藍に燭のさゆれかな

その辺をひとめぐりして涅槃西風

春の鳥空に機嫌のあるらしく

遺されし月下に集ふ寒さかな

春めくと思へる方に家族あり

さよならを言へずに生きて残る雪



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「遅春」

人のよいふるさと春もまた遅々と

春未だしおまへにだけは言はれたくない

肩こりがひどいね梅もほころぶに

人間をときどき已めて霞むなり

しやぼん玉吹けども吹けども一人きり

臍の緒に似たる牡丹の芽が怖ひ

砂噛みし味はひにあり浅蜊汁

風はまだわがもの顏に藪椿

草萌えてわが身色褪せゐたりけり

風船の空に失くした夢の数








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