再生への旅

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zoom RSS 今日の身心一如・ミクロの世界から

<<   作成日時 : 2014/03/31 04:36   >>

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つばくらや空を映して水流れ 玉宗

先日、NHK総合のサイエンススペシャルシリーズ・人体・ミクロの世界の放映がされていた。

番組コメンテーターにiPS細胞研究の第一人者でノーベル医学者山中教授が名を連ねていた。60兆の細胞で作られている人間の不思議な世界へ迫ろうとするものだ。NHKの最新映像技術を駆使していることもあって思わず引き込まれた。私のような非科学的に生きている単細胞が話題にするのも気が引けるのだが、少しばかり仏道的な雑感を述べてみたい。

ミクロの世界を観察した科学者が言うのには、細胞は単にパーツではなく、意思を持った何ものかであるという指摘。それは奇跡としか言えないという。そんな山中教授へ「こころってなんですか?」と、もう一人のコメンテーターが何気なく質問した。山中教授はそれに対して明確な返答をしなかったが、「こころとは全細胞を挙げての意思である」と言って差し支えない代物でもあろう。番組を見ていてそう思った。もっと云えば、細胞の意思は「こころ」というソフトだけではない。「身体」というハード、そして神経という通信回路そのものにも及んでいるだろう。私というマクロの「意思」を越えて自律しているように見える。

それは一つの確かな社会であり、宇宙であり、日々更新、再生している。それを私と言ったり、あなたと言ったりしている。それぞれが閉ざされつつ解放されている系の宇宙。
なのにどうして私は、わがままで、貪り、拘るということをしてしまうのか。それもまた細胞の意思であることになる。生老病死もまた細胞という宇宙の意思である。ミクロの世界に私の恣意はないかのように思える。

ところで、細胞はそれぞれ関連、感応しあっている。細胞は経験を刻む。学ぶのである。それはつまり私という系がどっちを向いて生きるかが試されている所以でもあろう。学ぶ姿勢が大事なのである。老いても、絶望しても、行き詰っても、どんな経験も無駄にはならない。あきらめてはいけない。あたり前のことではあるが、細胞の力とはまさに生きる力そのものだったのである。

予想はしていたが、結果的に身心一如をミクロの世界から検証してくれた番組であった。

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「石積む男」

韜晦も叶はぬ春のしぐれかな

剩へ今宵は月もおぼろなる

憚れる菜の花あかり眩しくて

押し入れに忍び泣きせり初燕

磯遊び尻を濡らして戻りけり

漆黒の眼に燃ゆる花篝

龍天に登り石積む男かな

如才なき女出てくるヒヤシンス

とりあえず咲いてしまへとクロツカス

わが影の醜に驚く蛙の子


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
この番組、私も面白いと思いました。個々の細胞に意思があって、統合したところに自分がいるというのは、まるで宇宙の再生産ですね。お釈迦さまに見せてあげたかった。
志村建世
2014/03/31 21:32
志村様。ご無沙汰して申し訳ありません。
いつもありがとうございます。
そうですよね。面白かったです。まだシリーズがあるようですので楽しみです。そちらは花見真っ盛りですね。お大事にお過ごしください。合掌
市堀
2014/03/31 21:40
私も興味深く観ていました。量子もつれ〜量子が空間をこえて同期し合う!テレパシーが科学的に説明できるようになる日が来るのでしょうね。見えないものもまた大切であることを確認しました。

2014/04/02 19:49

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