再生への旅

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zoom RSS 本日のばかやろう・頭を剃って出直す?!

<<   作成日時 : 2014/03/10 07:30   >>

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襟元の汚れやすさよ鳥雲に 玉宗


東日本大震災三年目の検証がなされている近頃の日本であるが、ゴーストライターを取り上げ面白おかしく騒いでいる日本社会でもある。ある意味、懐が深い。

私もテレビで髪を剃り、髭を剃り、サングラスを外した顔をみて、先入観も手伝ってか「如何にも!」といった感があった。顔を見て人を判断するなとはよく耳にもし、口にもすることがあるが、正直なところ私なんかは八割は顔ではんだんする。あれは人を騙してなんとも思わない顔でもあり、愛に飢えている顔でもあり、弱い人間の顔でもあり、まさに人間らしい顔である。

世間ではときどき、「寺へでも行って顔を洗って出直してこい!」みたいな社会への謝罪、更生の意味を以ってお寺へ掛け込むといった事態が垣間見られる。
今回の場合はお寺へ駆け込むような次第にはなっていないようであるが、見方を変えれば、偽りを貫き通すための長髪であり、髭であり、サングラスであったのだなあと気付くのである。隠さなければならないものを持ち歩いて生きることの愚かさを教えている。騙す方も騙される方もその辺に気付いているのかいないのか。

かくほど左様に、お寺の世界とは半端な人間が出入りするところだ的な、抜き難い常識があるようだ。よく言っても、間違ったり失敗した人間が更生、再生する場として認知されている。
掛け替えないといえば人生すべて掛け替えのない生老病死である。人間らしさは確かに眩しいものであるが、光り極まり無闇となり、ときに残酷、グロテスクでもある。無知や欲望の危うさ、自己偶像化の醜さ、痛々しさ、ばかばかしさ、はた迷惑さ。

それにしても人はだれもが自己の立ち位置から逃れられまい。せいぜい、ちょっとだけ背伸びして人生を望むことが出来るだけだ。頑張って生きようとして、後悔のないようにやるだけのことをやろうとして、充実した人生を送ろうとしていた筈なのに、それでも失敗しちゃう人間らしさ。「つもり」で人生が構築できるなら誰も苦労はしない。人生の智慧とは具体的に生きて自得するものである。比較や評価や毀誉褒貶を越えた、わがいのちのままに生きる知恵といったものがある。

出家は人間が失敗もすれば成功もする動物であることを前提としている。有為転変の人生や愚かさを笑うのは易しい。然し、人生の有為転変にぶれないいのちの軸、嘘偽りも必要のない人生の真の主人公といったものを担っていく生き方。人生に学ぶ姿勢を忘れずに謙虚に生きる。そこにはいつも真っ白な、脚色されていない、人の手を借りなくてことたりている、もの足りているいのちの感動、息使いが脈打っている。

人はなぜ毎日顔を洗うか?
それはお坊さんがなぜ髪を剃るのかと同意義である。いのちは日々更新している、活き活きとした生ものであるからだ。顔を洗う作法もお坊さんが髪を剃る作法も、共に本来、隠すことも、嘘偽ることもないいのちをまっすぐ戴く智慧だと受け止めている。


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「光り」

朧夜の向かうへ乳を捨てにゆく

猫の手を借りて雛を流しけり

さみどりのうすぎぬまとひ蕗の薹

かんばせに朝の光りや寝過ごしぬ

順番に生れて死んで福寿草

恋とはちがふ春曙の淋しさよ

光り呑むものの力や木の芽吹く

これ以上背伸びは出来ぬたら芽かな

淋しがり屋の犬がよろこぶ石鹸玉

誰待つとなけれど春のゆふべかな




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