再生への旅

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zoom RSS 今日の誓願・現代宗教事情

<<   作成日時 : 2014/05/25 21:09   >>

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いつの間になんじやもんじやが空の上 玉宗


祥月命日のお参りに伺った檀家さんとひとしきり「宗教」についてやりとりした。
先日もFB上で「日本の仏教は宗教として死んでいる」といったコメントを目にしたばかりである。これは仏教を批判しているのだろうか、擁護しているのだろうかと一瞬戸惑った。


「宗教とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。」といった定義がなされている。

また、「仏教とは、インドの釈迦(ゴータマ・シッダッタ、あるいはガウタマ・シッダールタ)を開祖とする宗教である。キリスト教・イスラム教と並んで世界三大宗教の一つで、一般に仏陀(目覚めた人)の説いた教え、また自ら仏陀に成るための教えであるとされる。」といった定義が一般的にも知られているところだろう。

「宗教」の「宗」とは「もと、むな、ひろ、のり」とも読むように「ものごとの根本」といった意味があろう。「ものごと」とは何か?それは人生を意義あるものとして生きるものごとのことであろう。その寄って立つ「根本」である。欲望にぶれない生き方があるのではないかというのが仏教の諭すところである。それは「人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念」といった定義とは些か趣きを異にするのではないか。

宗教にも色々あると言えばそれまでであるが、仏教は自己も又ブッタと変わらぬ成道の可能性を生きている目覚めの道程である。自己の命を如何にしてまっすぐ戴くかという実践に尽きるだろう。禅は実践哲学だという言挙げも満更的を外れてはいないが、実践哲学でもあり哲学の実践と言った方がまだ実際に即しているのではなかろうか。名は体を表すものであるが、得てして名のみで判断しがちなのもこの世の倣いである。
それにしても「仏教」「仏道」は「宗教」という言葉に纏わりつく訳のわからな妖しげなイメージとは一線も二線も画して然るべき筋合いのものであろう。少なくとも偶像崇拝からは遠い覚者の道であるのが理想だ。

そのような本来的な立ち位置があった上で、現代宗教事情を鑑みたとき、仏道を教える側と教えを受ける側の乖離といったものが確かに存在している現実があるのではないかと思ったりする。お坊さんは本来の教えを伝えようとしているのか。組織や徒党を組むことに汲々として大衆ぼけを来しているのではないのか。受ける側もまたは本来の教えを知りたがっているのかいないのか。安直に授かるものには碌なものなどないのは仏教においても同然である。人生修行の道に於いても経済優先で手間を省きたがる風潮がないとは言えまい。

一度きりの人生をどう生きるのかといったときに仏教も又一つの明確な答を提示しているには間違いない。道しるべがあってもあらぬ方へ行きたがるのも人間である。人生をまっとうに生きる以外奇特なことなどない仏教は余りにも当たり前過ぎて面白味がないのかもしれない。有難味がないといった偏見がまかり通っているのか。どうしてそんなことになったのか。

教えるべきお坊さん自身が本来の仏教で救われているのかどうか、その典型となっているのかどうか。手を替え品を替え現れる欲望に振り回されていないかどうか。他人事ではなく私自身の問題として現代に残されている。「仏教が宗教として死んでいる」といった批判に違和感があったのもその辺の問題が横たわっていたからであろう。



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「大山蓮華」

文のごと大山蓮華花開く

ひのもとにもろ肌ぬいで花菖蒲

若葉降る雨にまなこを宥めをり

旅三日戻れば八重の葎して

あやめるたるごとく卯の花腐しかな

おほでまりご飯零さぬやうに咲く

紫陽花のまだ色なさぬ日数かな

怒りとはちがふ気まづさ昼寝覚

いつの間になんじやもんじやが空の上

竹皮を脱ぐや憤懣やるかたなく



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「河鹿」

河鹿鳴き能登は夜さへうつくしき

むつかしく生きてぶつかる蜘蛛の糸

穀象と仏の森に隠れ棲む

蝙蝠やそろそろ骨の光るころ

寺を守る青大将と畏れられ

赤線を追はれて来る羽抜鶏

泡立つや山椒魚の溜息の

月さして赤腹夜を裏返る

昼酒に死すとも可なり行々子

銭亀を買うては妻に見下げられ




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「卯浪」

あきらめてはならぬと卯浪立ちにけり

夏蝶の影が流れてゆく起伏

竹の子のまう手に負へぬ高さにて

飯饐えて母の恋しきゆふまぐれ

滴りのひとすぢ巌さしぐみぬ

鳥のみちけふは雲ゆく山法師

アカシアの花漂へる雨もよひ

南に夢物語り風となり

償ひのごとく金魚を飼ひ慣らす

肉食の澱み卯の花腐しかな


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「夕焼け」

夕焼けてゐるほかはなしけふもまた

あてもなく歩けば風の涼しさよ

夏燕まだ見ぬ空に恋をして

飯の汗母の泪の味すなり

じゃが芋の花咲く母の亡き世かな

花菖蒲しとどに咲いてしまひけり

小判草逃げ果せたる辺りより

日に傷み風に傷みし余り苗

夏薊焦がれて已まぬ夜空あり

ぎしぎしや幼きころの傷を持ち

マーガレット恋するやうに風が吹く















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