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zoom RSS 今日のひとりごと「一粒の言葉に生きる」

<<   作成日時 : 2014/05/29 21:37   >>

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言はれたるまゝに簾を掛けしのみ 玉宗


先日、興禅寺を訪問された方が境内にある金子兜太先生の句碑に目を留め、「どのように鑑賞したらいいんでしょうか?」と質問された。
俳句とは面白いもので、創作した作者の思惑や期待を離れて一人歩きすることがよくあるものである。文芸作品とは大なり小なり、みなそういう類のものなのかもしれない。要するに、鑑賞者や読者の恣意に委ねられるということ。最短定型詩である俳句は特にそうかもしれない。もっといえば、それは表現という方便の現実、ことばの宿命なのかもしれない。

「小鳥来て巨岩に一粒のことば  兜太」
能登半島地震被災復興の記念に句碑を建立したいので一句色紙に揮毫してくださいと金子先生にお願いしたところ、間もなく送られてきたのが掲句であった。金子兜太句集『東国抄』の中に収められている一句だそうである。

現代俳句の巨匠でもある兜太俳句は必ず一句の中に作者の思想と現実社会が繋がるキーワードがある。スリットがある。断絶がある。飛躍がある。詩がある。情がある。俳句的に言えば「小鳥」は言うまでもなく、作者。神でも仏でもない「小さきもの」としての取るに足りない様な存在である、という自己認識、哲学がそこにある。譲れない「個」という可能性への、眼差しがある。

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戦後、 「社会性俳句」が俳壇を席巻した時期がある。私の俳句の師でもあった故・沢木欣一先生などは、その時代の旗手、先鋒的俳人として注目されていた。「俳句の社会性」云々については省略するが、そんな風潮の中で、金子先生は、「社会性とは作者の生きる態度の問題である。」というスタンスで一貫して戦後俳句界を生きてこられた。俳句界だけではない。その良心的態度を以って、社会を、人生を、時代を、戦中戦後を、故郷を、家族を、その日常を生きて来られたのであると思う。そのような戦争や社会や思想に出会い傷つき、生身の人間や産土に裏切られ癒され、土や血肉の力を拒絶し、感応した金子兜太という愛すべき、縄文土器のオブジェのような「小鳥」がいるということ。

「巨岩」とは勿論、権威や偶像やイデオロギーなどのような壁、タブーの暗喩であろう。
そこへ、 「来て」 、地の塩のごとき「一粒のことば」を囀るのである。腸のことばを吐くのである。叩きつけるのである。嘯くのである。肉体の言葉でなければ成り立たないまさに作者の感性、社会性が試されている。生きる態度が提示されている。最短定型詩という「一粒の、取るに足りないかもしれないが、刃のごとき、いのちぎりぎりの、五体をもった思想」を、血を吐くように、糞するように巨岩に刻むのである。

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私はこの句をそのように鑑賞し、受け取っている。勿論、この句ににもまた具体的であり、写生的な窓が開いている。生は重層的なものでもある。具体的であり、且つ象徴的なものとして把握することもできる。というより、人間は内に象徴的なものを育むことができて初めて具体的に生きていくことができる。

そのように作品との出会い、可能性と対峙し、一句の主体を私自身のものとして、創り出された芸術的現実に浸る。俳句も又模倣された現実である。私という、水のような、あやふやな代物を、俳句定型はそのような微妙さで現実に留めてくれる。これを私は文芸の奇跡という。この奇跡がなければ私のいのちは随分と殺伐としたものに成り下がるような気がしている。 

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ささやかな、社会的には一見無力な、たかが、俳句が、いのちを支えるという事実。俳人というよしなしごとに命を削る営み。思えば、私のお坊さんとしての生き方も俳句的なところが大いにある。どちらも型に嵌りつつ型に嵌らない自在さに焦がれているところがある。俳句の恩人というより、人生の恩人である金子先生が何故、震災復興を成し遂げた私の為にこの句を送って下さったのか、今になって解るようになってきた。





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「をのこ」

這うて生きる毛虫の山河ありにけり

はんざきの巌に出て泣く月夜かな

くちなはの寂漠として光りあり

をのこありよしなしごとを夏柳

目に入れてやつぱり痛い仔猫かな

不如帰空に迷うてゐるらしく

蝦蟇の夜に念仏申す能登の国

餌よりも愛を欲しがる金魚かな

まだ鳴かぬおけらでありぬ見過ごしぬ

蜘蛛の子や空に糸垂れぶら下がる



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「たがる」

出たがりの二の足を踏む薄暑かな

昼顔が人の噂を聞きたがる

統べたがる虚子の蜘蛛の囲振り払ふ

山法師空の果てまで行きたがる

魔がさして恋をしたがる若葉かな

咲きたがる大山蓮華蕾なす

竿売りの声喧しき安居かな

初夏のきれいな風を写生せよ

悔しき世にひとり涼しき木陰あり

言はれたるまゝに簾を掛けしのみ

九穴を蟻這ひ上がる悪夢かな






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