再生への旅

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zoom RSS 今日の威儀即仏法「メタボに修行が可能か?!」

<<   作成日時 : 2014/06/03 16:14   >>

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緑陰に逃れほとけとなる暮らし 玉宗


先日告知したように明日から大本山總持寺祖院の報恩授戒会が始まる訳だが、内配役でお拝を沢山しなければならない破目になっている。でもって正直なところ些か億劫になってきた。出来れば不登校したいくらいだ。仮病でも使おうかなと内心に悪魔の声が聞こえる。なぜかと言えば、それでなくても例年、御征忌で膝がカクカクしてしまうほど正坐したり、お拝したりして悲鳴を挙げるようになっている私。もう何年も経つメタボ解消の努力も中々捗らず、今回の法要随喜がなければとっくに挫折して開き直っていた筈である。

そうは言っても、例によって時は私の都合を越えてやってきたり去っていったりする。竟に本番が目の前に差し迫った。倅も安居していることだし、いくらなんでも弟子の前でみっともない所業を見せる訳にもいくまい。実はつい半月ほど前から、法要に備えて夫人には内緒で、食事制限と運動を心掛けてきたのだが芳しくない。このまま法要になだれ込むことになりそうだ。ちゃんと、最後まで行ができるだろうか・・。息があがらないだろうか・・・。しびれを切らして参拝者の前でひっくり返るなんてことしないだろうな・・。終っている頃には満身創痍ということもあり得るな・・・。

で、問題はメタボだけではなく、ご覧の通り、人前に出ることを敬遠する癖が抜けきらない。お坊さんが何十人も
一堂に会するの図には中々に慣れるもんではない。ある意味厚顔無恥でなければできない所業ではないかと勘繰っていたりもしている私である。人見知りで、天の邪鬼は以前から告白しての通り。弟子や夫人がお世話になっていることや、骨山ながら末寺であることを度外視できるなら徒党の中へなど入り込みたくはないのである。んなことを妄想しているようではお祖師さまも浮かばれまいとつくづく同情申し上げるのに吝かではない。こんな住職を持った檀家さんこそいい迷惑だろうな。

そうは言っても、ここは内実はともかく、かたちだけでも恥ずかしくないようにと思う訳ではある。然し、そこは教外別伝、威儀即仏法の宗旨で、メタボにはメタボの、糸瓜には糸瓜の、天の邪鬼には天の邪鬼の、内弁慶には内弁慶の、市堀玉宗には市堀玉宗の、比べることができず比べる必要もない天下一品の内実とかたちが備わるのであり誤魔化しが利かないことは今更申すまでもない。逃げることも追うことも必要ないところがわが宗門の大安心の覿面。戒を授かり、戒に生きるとはつまりそのような次第のなんともなさに目覚めることであり、そのような次第のいのちをまっすぐ戴くことばかりなのであり、妄想も愚痴も埒外の何ものでもないという有り様。

という訳で、ぐじゃぐじゃ言ってないで、やっぱり実になんともないところでやっていくしかないのだろうね。(^^)



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「沙羅の花」

仰ぎたる顎かぎろひ沙羅の花

わが庵は蜘蛛が囲を借るほとけかな

菖蒲湯や世に褒めらるゝこともせで

能登沖に白雲聳ゆ軒菖蒲

絶望を拱いてゐる端居かな

麦飯を喰うてつまらなさうに生き

嫁がざる姉の育てし水中花

父といふゆふぐれ酒を冷やすなり

暮れてゆく汀を母が泳ぎだす

若葉して風をさざなみ立てにけり

月星の行方も知れず不如帰

潤へる赤子の瞳えごの花



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「散居村」

青田吹く砺波は風もたひらかに

茅花吹く風のしめりや散居村

紫陽花のまだ色なさぬ渇きかな

蒼穹と光りをきそひ沙羅の花

涼しさにねまり山家の蕎麦啜る

はんざきの宴始まる峡の月

老鶯の谺に山の深さあり

花菖蒲棚田の風に吹かれをり

この村を出てゆくつもり羽抜鶏

夏萩の走り於血の色なして

河鹿鳴く月天心に招かれて

風清く合掌村に苗余る











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