再生への旅

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zoom RSS 今日の以心伝心・お寺という異空間

<<   作成日時 : 2014/09/03 19:44   >>

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秋の雲ひろがりひろがり父となる 玉宗

「お寺は年寄りに任せてあるから・・」「お寺は年寄りの行くところ」といった言葉を未だに聞く。これは田舎特有の現象なのだろうか。そうでもないようだが。まあ、いづれにしても、今に始まった事でもないようだし、問題の本質を忽せにしてはいけないことだけは僧として直感する。その問題の本質、本質の問題とはなにか?!

特に昨今の風潮として感じるのは、お寺という伽藍、場を解放しよう、とか、時代に即した活用方法、時代のニーズに応えたお寺の活動、社会貢献といったものが寺院護持、生き残りに欠かせない、といった文脈のものである。そこには寺院経営と云う仏道とはまた様子の違った能力が期待されている様である。否、寺院経営の手腕をも含めての住職であるのが実際のところなのであろう。
このようなもの言いをするのも、私自身に経営能力といったものが著しく欠如している節があるから。不器用と言っては済まされない宗教法人代表役員としての資質が問われかねない。

ところで、お寺とは住職と檀家とが共に支え合って護持している実体がある。その現実は組合みたいなものだという指摘もある。確かに教化というも不特定多数、或いは不特定少数とは言いながら、檀信徒という相寄った組合員の為のものであるとも言える。そのような次第であってみれば、寺院経営も住職だけでなく檀信徒の知恵と力を借りても一向に恥ずかしくないという根拠がある。いずれにしても、そのような互助も、お互いの信頼関係と親密度が左右するだろう。

お寺は年寄りが行くものだと、若い世代に云わせて済ましているようでは住職の力量もその程度のものと云われても反論の余地がないように思える。老若男女、来るものは拒まず、去るものは追わず。お寺とは日常にありながらも日常を越えた異空間なのである。過疎地にして少子高齢化を如何ともし難い。ものほしげに生きたくはない。等と、ある意味、高踏的にして、且つ手を拱いている私がいる。

社会的風潮といったことに右往左往、右顧左眄、臨機応変しなければならん現実がある。避けて通れないとは言いながらも、このようなことを問題として担っている限り、実に悩ましいことではある。もう一度出家したくなるというものだ。


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「二百十日」

襤褸を着て哀れ欲なき案山子かな

蟋蟀に霧吹きかけて登校す

先生が俗人に見ゆ休暇果て

新米が出る頃といふ風の色

ちがふ世の母に供へし栗おこは

總持寺へ二百十日の手を合はす

雲水を驚かしたる鳥威し

能登の雲愈々低し稲架を組む

天上に潮ありけり鰯雲

引く波の音ばかりして秋ひとり

海の家閉づる片辺に花蘇鉄



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「奥能登」

佐渡島指呼にあるてふ尾花かな

奥能登や稲架の裾まで海迫り

葛咲いて日本海へとなだれ落ち

海越えて来たる小鳥が断崖に

秋澄みて手に取るやうに七つ島

虫しぐれ能登のやまなみ低くして

望楼の沖はアリラン椿の実

過去帳に和尚が一人花茗荷

渤海も加羅もまぼろし葛の花

興亡の秋風をきく百済仏

輪蔵を回してゐたる秋思かな



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「案山子」

鳥のみちけふは雲ゆく案山子かな

楽園を追はれし案山子かとおもふ

秋耕のどこも地の果て空の涯

死ぬときは母が形見の菊枕

秋蝶の争ふごとく睦みをり

風なくて手持無沙汰やねこじやらし

慌てない雀が稲をよく食べる

籾を焼く煙り影なす峡の月

指先を囀るやうに大根蒔く

コスモスの湯舟に浸かる母子かな

破芭蕉やぶれかぶれといふやうに















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内 容 ニックネーム/日時
30歳代前半ですが、私はお寺や神社といった場所が好きです。何となく落ち着きます。何もなくキレイに整えられたお庭を拝見できるだけで癒しを感じます。とはいえ、四国にいながらにして八十八ヶ所は巡ったことはないのですが…(>_<)四国から脱出して旅行に行ってはお寺や神社、お城ばかり巡ってます。

それはさておき、先日、甥っ子を亡くしたと投稿させてもらいましたが、色々と事情があり、なかなか供養できる環境が整いませんでした…。しかし、実家を先代から大事にしてくれているお寺が親身になって介入してくださり、無事に新盆を迎えることができました。住職さまの力というか、人を思いやってくださる気持ちを大いに感じ入りました。妹を始め、私たちも甥っ子の供養ができることをありがたく思っています。
しぃ
2014/09/03 20:49

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