再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 秋思・私一人の時間

<<   作成日時 : 2014/09/19 21:06   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


秋風に吹かれて何を思ひだそ 玉宗


今日は裏庭の掃除をして一日を過ごした。今秋初めての焚火もしたことである。欅大樹の葉影の中を秋晴れの空へ焚火の煙が上っていった静かな時間。

わが思いを引きづれば愚痴になる愚かさ。そんなことはもういいだろう、たくさんだ、といった思いがある。だれと競うわけでもなく、だれに褒められるわけでもなく、人の世の毀誉褒貶の埒外に生きて、勝っても負けてもなんともない、もの足りないままにものたりているいのち。徒食の類ではないかという評価が聞こえないこともないが、私は私を生きる以外に開き直りの仕方を知らない。曲がりなりにも生かされている今の事実をまっすぐ受け入れ、戴くばかり。それ以外の智慧が私にはない。

人の為に生きたいと思わないではないが、人の為になる力量がもとよりなければ話しにならない。そしてまた、人の為とは口外しながら、その実はわが身一人の欲の話しに過ぎないのではないかと云いたくなることがある。それでも世の中は廻るのだから大したもんである。なにが為で、なにが為でないか、解ったもんでもないという人生の真相もあろう。

人の世の善悪、正義、価値観、ヒューマニテイーに毒され過ぎていたのではないかと反省することがときにある。少しくらい只飯を喰らったとて目くじら立てられる筋合いもないのではないかな。

風にもとより色はない。今日もまた身の丈にあった秋風に吹かれているばかりである。それでいい。




画像



「草の花」

われなくてこの世よかりし草の花

血の色は償ひの色曼珠沙華

龍淵に未だ三顧の頼りなし

天高く人に遅れることをして

裾を引くものはおみなもくらいなる

拾ひたる落穂を笠に挿しにけり

秋思ふと野にさすらへることをして

直球は音がちがふねねこじやらし

生きめやも土手を歩けば秋澄みて

母一人子一人灯下親しめり

箒木の森を空より見るごとし

コスモスが湯舟のごとく混み合へる



画像



「獺祭忌」

枕辺はなにがなにやら獺祭忌

今生の色なき風を写生せよ

いのちほどの火を恋ふ子規の忌なりけり

柿喰うて故山遥かにしたりけり

ここにまた俳諧やくざ藪枯らし

詩に餓えて秋刀魚を食らふ男かな

はらわたの重きに耐えず雁落つる

月並みを軽く飛び越え秋の蝶

天高く徒らごとに身を入れて

秋蝶の遊びせむとや垣根越ゑ

空はさながら楽譜のごとし秋燕

伏せ置きし夫婦茶碗に秋夕焼

死ぬる世の宴に堪ゆる秋思かな










テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
秋思・私一人の時間 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる