再生への旅

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zoom RSS 今日の諸行無常・同じ穴の虎の子

<<   作成日時 : 2015/07/30 20:19   >>

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吹く風も夏の果てなる色なして 玉宗



私をお坊さんの世界へ導いてくれた得度の師匠は板橋興宗禅師であるが、禅師様には弐百人にも及ぶ弟子がいるのではないかと噂されている。一人でも多くの仏弟子を育てたいというのも又禅師様の夢なのであると思っている。
そんな有象無象の弟子の中で、私は10番目の弟子であると言われて来た。謂わばはえぬきって言うんですか、自慢めくが、正直なところ私自身の中に子飼いの弟子であるという矜持とバイアス、プレッシャーがあったことは事実である。挙げ句の果てがこのような有り様なのであるから何をかいわんやであるが、まあ、それはこの際置いておくとして。

10番目の弟子には当然のことながら兄弟子が存在する。現役での一番弟子は前総持寺祖院監院今村源宗老師。二番目は山口県泰雲寺住職富田哲宗老師。そして三番目が先頃亡くなられた敦賀宗福寺住職吉川宗玄老師。世寿は私と同じ60歳であった。師とは金沢大乗寺で一緒に修行もしている。真面目で寡黙というのが私の印象である。住職となっても余所見をせずわが道をまっすぐ生きていた。檀信徒を大切にし篤い信頼を得ていたようである。一年前に体調を崩し、奥さまや二人の娘さんの看病の甲斐もなく幽明境を異にした。訃報を聞いた次の日早速お弔いに窺って棺の中の兄弟子に久闊を叙し、冥福を祈ったことである。

そのデスマスクは穏やかで生前の彼の生き方を証明して余りあるものだった。先の能登半島地震では、玉宗が被災したといっては悲嘆にくれて心配していたと奥様が言っていた。そんなお坊さんである。↑の写真はアルバムの中でみつけた大乗寺修行時代のひとコマである。警策を立てて歩いているのが宗玄さんである。右側に坐っているのが私。お互いに若かった。とくに私などは寄らば切るぞといった有り様で坐っているのが如実に解る。宗玄さんも手を焼いたことであろう。そんなことも無性に懐かしい一期一会ではあった。

同じ師匠を法の親として仏の道を歩んできたのではあるが、みなそれぞれに、ピンからキリまでそれぞれの脚下の縁に生き抜いている。明日は葬儀が執り行われる。師匠はじめ兄弟弟子たちが雁首を揃えて列席する事だろう。さて、不肖の10番目の弟子も駆け付けてお香を献ずる予定である。合掌



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「絶頂」

虹仰ぐ旅の途中のまなざしの

みちのくを思へば泣ける青林檎

夏落葉踏むべくありぬ夢の跡

撫子やさながら恋の命懸け

子沢山の母の手になる真桑瓜

をらざるがごとく蛇ゐてをらざりき

徒なるを償ふ汗でありにけり

絶頂は疾うに過ぎたる裸にて

青田風千畳敷に這ひ上がる

涼しさを床の枕に泉殿

風鈴の音もはるけき夏の果て

昼寝覚めそのまゝ消えてなくなりぬ

田水沸く一族郎党来る頃の


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「やうに」

飯饐ゑて不憫な母の味したり

界隈に生き別れたる夕立かな

帰省して躊躇ひがちに母を愛す

金魚売路地を濡らして去りにけり

夜店より戻れば家のつんとして

先立つやうに落つる線香花火かな

だらしないやうにトマトに齧り付き

なるやうになりすましたる青瓢

うつせみのついて来るなといふかたち

夏花手に母を迎へにゆくところ








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