再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 今日の諸法実相・神に見放された存在

<<   作成日時 : 2015/11/17 17:49   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


この先を行けばお終ひ散紅葉 玉宗


さて、還暦となって二日目の朝が明けた訳であるが、思えば、生れ故郷より他国で生きてきた歳月の方が倍ほども長くなっていた。二十歳を過ぎてまもなく、北海道を後にして「内地」に出てきた。出家までの紆余曲折。そして出家してからも又以前に劣らない紆余曲折の人生。まさに綱渡りといって差し支えない。よくぞ今日まで生きてきたことではあると我がことながら他人事のように感慨深いものがある。振り返れば、それもまた確かにあっという間で、光陰矢の如しどころではなく、光陰はあってないようなものというのが実感である。そうではあるが「引くに引けない、どうしようもないわがいのち」を生きてきたのには違いないのであり、だれも代って私に生きてはくれなかったという当たり前で、厳然たる現実を目の当たりにするのである。そのような不思議ないのちの在り様や意義や魂の故郷を人生から学ぶのである。それは幸いな事であるとしなければならない。

世界には今も故郷を戦火に追われ、難民となって生きていかざるをえない人々がいる。文字通り故郷を失くした彼らにとっての、生きていることの意義といったものにさえ思いが及ぶのは私だけだろうか。
暴力の連鎖。人はいつまでそのような愚かさを繰り返すのであろう。だれにも正義がある。国家の数だけ、民族の数だけ、地域の数だけ、故郷の数だけ、家族の数だけ、神の数だけ、人の数だけ正義があるといってよい。正義のせめぎ会いから生まれるものはなんだろうか。

正義とはせめぎ合わなければ手に入らないものなのだろうか。或いは何かを得るために正義を掲げているのが実際のところなのではないのか。人類とは奪い合い、せめぎ合うことによってしか存在しえない動物なのだろうか。そうではなく、支え合い、譲り合い、分け合うことによって存在しえるものであることをわれわれは経験智で知っている。知っていながらも争わざるをえない現実。否、知っているからこそ争わなければならない現実。

紛争地を遠くは離れているというだけで人は大概のことは対岸の火事として座視できる存在でもある。現在の文明国とか先進国と呼ばれる国の繁栄が、多少なりとも紛争地に生きる人々の不幸の上に成り立っているとすることはばかげているだろうか。エネルギー問題にしても、地球規模の環境問題にしても、経済のグローバル化といった問題にしても、すべてリンクしている上での話であろう。明日はわが身の一蓮托生の今を生きているには違いないのである。恐らく、人々はそれに気づいている。気づいていながらも、問題が余りにも大きく、或いは手がつけられないということで繁栄を謳歌し、未来を蔑ろにし、人類21世紀の刹那主義の罠に陥っているのではないのか。

人類を滅びさせるもの。それは人類の自己を知らない愚かさであると賢者は言うのである。自己の来し方行方を知らぬままに人生を歩む人間という動物。思えば不思議で、危うい存在である。さながら、人類すべてが神に見放された難民にさえ見えてくる。



画像


「雨の音」

海を打つ雨の音にも能登の冬

吹き消したやうにつはぶき花了る

この頃は臍に日当たる短さよ

残る鷺悲鳴を上げて暮れを呼ぶ

音もなき雨にけぶれる冬芽かな

白菜の生まれながらに闇を抱き

まっすぐに海の風来る冬木立

手遊びの烏見てゐる大根引

雨だれを弾き返して花八つ手

夜は夜の風の唄あり木の葉髪



画像

「還暦茫々二十三句」

故郷は雪国とのみ答へけり

冬に生まれ生まれながらに臍の闇

ねんねこの背なより母の沖を見し

狐火や姉が嫁いで行つたかと

父はさながら寄る辺もならぬ冬の波

蜜柑剥く母に故なき夜のすさび

山茶花さざんか遊べや暗くならぬうち

冬菜洗ふ真っ暗闇の母なりし

縄跳びに入れぬまゝに老いにけり

竹馬の兄も鬼籍ぞ空よ海よ

幸薄き妹ひとり帰り花

熱燗や父が荒野を垣間見せ

叔父といふ囲はれものが葱鮪鍋

しぐれ雲らしき暗さに泣き已みぬ

出稼ぎの父が恋しい炭火かな

父母を想へば眠る山なりし

ふり返るやうに枯野をゆく二人

綿虫こいこい一人遊びの影法師

柚子貰ひ訳もわからず喜びぬ

言はれたるまゝに伏せ葱したるのみ

綿虫や力仕事をしてをれば

忘れたり思ひ出したり日向ぼこ

生きて来た二人の障子明りかな


画像




「次男」

冬菊のひかりつどへるひとところ

茶の花の咲くもこぼるも人知れず

冬靄の奥に控へし大伽藍

着膨れて人後に落つる暗さあり

冬木かなしも風に傷つき癒されて

おでんの具買ひに次男を走らする

雑炊をたひらげて褒められもせず

おねしょせし蒲団を干してくれといふ

湯豆腐のぐつぐつ夜の帷して

見るかぎりふるさと四方に山眠り

食へもせぬ柚子を頻りに食ひたがり

帰り花忘れないでといふ風に





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

市堀玉宗第三句集『安居抄六千句』

画像



出版元である邑書林へ申込の方はこちらから↓お求めください。 

邑書林http://youshorinshop.com/?pid=91226737











テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
今日の諸法実相・神に見放された存在 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる