再生への旅

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zoom RSS 拝啓、良寛様・「なほざりに生きる」

<<   作成日時 : 2016/02/09 15:36   >>

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ポケットの中は淋しき春の雲 玉宗



「等閑・とうかん」

一般的には「なおざり」と読むのだろうし、 いいかげん、本気でない、おろそか、といった意味合いで受けとられ使用されているのだろう。ところで、この言葉は良寛様の詩に出て来る言葉として宗門のお坊さんの間ではよく知られている。

生涯懶立身 生涯身を立つるに懶く 
騰騰任天真 騰騰として天真に任す 
嚢中三升米 嚢中三升の米 
炉辺一束薪 炉辺一束の薪 
誰問迷悟跡 誰か問はん迷悟の跡
何知名利塵 何ぞ知らん名利の塵
夜雨草庵裡 夜雨 草庵の裡
雙脚等間伸 雙脚等間に伸ばす

最後の「等間」の「間」は「閑」とか「閨vとも表記し、閨i門構えに月)は、間と一緒。(間は閧フ俗字)である。いずれも同じ、のどか、ひま、落ち着いている、しずかな、といった意味である。良寛さまの詩にはよくこの「閑」の字が出てくる。余程意を得たことばなのであろう。上の詩には「懶く・ものうく」という言葉もみられる。一体何に「懶く」、何に「閑」なのであるか。

「いい加減に生きることが仏道とは!?」と憤慨され、呆れる方も居られるかもしれないが、私に言わせれば、「執着の世界に生きて、よくも厭きもせず、いい加減にしてほしい」と言いたくなる筋合いの意義ある言葉なのである。良寛さまの詩からも察せられるように、この言葉は決していい加減な生き方を奨励している様なものではない。我々にとっては仏道の要諦であるといって差支えない代物である。他人事ではない、吾こととして言うのであるが、先ず、ここに執着に輪廻して飽かず、業苦に迷っている人間のいることが問題なのである。

今ここにいのち足りている事実に落ち着けず右往左往、有為転変し満足を探し求める。それをしも破戒とは言うのである。人の欲望は様々に姿かたちを変え、時とところを選ばず立ち現れる。思想とか名誉とか毀誉褒貶に左右される現実もある。

例えば善悪にしても、本来いのちは悪とも善とも染まらないニュートラルな、可能性としての存在そのものである。定めがたき善悪、頼りにならない煩悩という「いい加減な世界」に「間」を置く。それしも「欲望に懶き」人間の寄って立つ根拠である。人と関わるなと言うのではない。欲望は一人の世界にもある問題である。

そんな欲望とは暴走しがちである。宿命として殺生しなければ生きて行けないいのちを戴き生きている人間ではある。然し殺生の為の殺生、理屈や欲望が先行した殺生の世界に訣別し、業苦に渡らない。欲望に歯止めを掛ける事は出来るだろう。それが良寛様の生きた「等閑」の世界ではなかったか。

言葉を変え視点を変えて言えば、そのような「欲望との間の取り方」。それは人それぞれの様子があるだろう。良寛様は良寛樣なりの欲望との間の取り方をなさったのである。それが仏弟子としての良寛様の面目であり、報恩であり、一大事であり、社会への関わり方だった。無用の用。そのような仏道に生きる志とは決してなおざりにして為しえるものではない。それは図らずも宗門人の「一つの典型」と言っていいものだ。私はそう思っている。




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「ねえ」

佐保姫の裾を濡らして目覚めけり

呑まずにはをれねえまずは目刺焼く

春雪や日は雲中に鬱々と

いつ見ても蛻の殻や春炬燵

せうがねえ顔して恋の猫がゆく

梅嗅いでゐる場合じやねえ日なりけり

春めくとおもへる頭悪き日の

うすごほりしがねえ顔が映りけり

寒明けの雲がだらだらしてゐたる

後悔の先立つ春の海を見に

だらしねえ父の湯上り魚は氷に

捗らぬ宿題古巣よく見えて


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「その辺」

その辺に山と積まれて残る雪

目覚めたる山のはだれや裾濡らし

飯蛸の嗤ふが如くのたうちぬ

あの辺の空が恋しいいかのぼり

緩びたるパンツのゴムや涅槃西風

裏山の見ゆる北窓開きけり

この辺と土竜貌出す四温晴

洛北はかすみ東寺の春時雨

手にのせて春のひよこの品定め

東風吹くやどの路地からも海見えて

どの辺が痒いのかしら雪解けて

魚は氷に遊び足りない子どもたち

いふなればそこら辺なる蕗の薹


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「迂闊」

雪解けてしまへり思ひ出せぬなり

岩海苔や能登も果てなる荒磯の

時化止みし浜に拾へるかじめかな

水子ほどの日を孕みたる猫柳

女医さんに甘噛みされてヒヤシンス

空にまだ雪のにほひや春子摘

ふきのたう手の鳴る方へ歩むらし

芹摘むや田ごとの水を濁しては

まんさくの風まだ頬につめたかり

うらめしや空に掛かりし榛の花

迂闊なる男出歩く梅の花

下萌を懲りずに生きて歩むなり







鳳来山永福寺晋山記念事業ご案内


永福寺(鳳来堂)は昔より霊験あらたかな観音霊場、地蔵尊の祈祷寺として多くの信仰を戴いてまいりました。約百年前に門前総持寺膝下にあった永福寺が輪島の信者の皆さんに守られて来た由緒ある仏さまと合体して今に至り、私・市堀玉宗代まで七世の住職が任を務めて参りました。

その間、社会的にも様々な変遷があり、輪島の宗教事情や市民の宗教感情、意識もまたゆるやかではありますが変化しつつあるところです。しかしながら、社会の変化の中で私どもはお寺の存在をこれからも世に問い続けていかなければならないものと考えております。

ご存知の様に、永福寺には檀家がありません。今日まで多くの信者の皆様に支えられて参りました。つきましては、この度永福寺新命和尚の晋山式挙行に当り、左記の要領で基金を募ります。住職にとっても、信者の皆様にとっても生涯に一度の結縁です。広く布施の願行をお勧めいたします。

お申し込みの方には記念品贈呈の上、法要に当り祈願、供養の回向をいたします。
法要に際しましては、おさそい合わせの上、多くの皆様の参拝をお待ちしております。合掌

晋山式記念事業等の内容

1、平成28年11月3日晋山式大法要
2、記念事業 (境内整備等)
3、記念書籍刊行
4、稚児募集 (募集開始は夏以降)

◎基金募集

晋山式事業基金を次の要領により募集します。 

募集期間 2016年1月より2016年10月まで
募   金 一口・5000円(何口でも結構です)
送金方法 「晋山式基金」と明記のうえ、郵便振替口座でお送りください。
送金先  郵便振替口座 加入者 永福寺 口座記号番号 00750・5・101412




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市堀玉宗第三句集『安居抄六千句』

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