再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS いのちの糧

<<   作成日時 : 2016/05/07 17:08   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


かんばせに朝のひかりや更衣 玉宗

はなはみないのちのかてとなりにけり  森アキ子

作者は俳人の故森澄雄氏夫人である。夫人に先立たれた森澄雄氏であるが、愛妻家、妻恋の俳句を惜しげもなく世に出した作家でもある。冒頭の句はそんな夫に愛されて生涯を閉じたアキ子夫人が生前に夫が毎日呑むことになっていた薬包に認めておいたというものである。夫人は俳句作家ではなかったが、俳人である夫に寄り添う人生を先立つにあたって、遺言のごとき思いで書き残しておいたものでもあっただろうか。

こがねを打ち延ばしたごとき一句。この姿の潔さ、美しさはまぎれもなく夫人そのものの息使いでもあっただろうし、夫への愛でもあっただろうし、人生賛歌でもあったにちがいない。「はな」は季題の「さくら」を意味していないのだろう。そういう意味では無季の句ではあるが、有季定型に汲々として腸の一句も成せない凡庸な俳人の達しえないいのちのことば、詩があるだろう。

森澄雄にとって俳句がなにげない、ありのままの人生の息遣い、生きる姿勢そのものであったように、ここにはそんな夫に寄り添って生きた夫人の自足の念、豊かな人生への自ずからなる感謝の響きが伝わってくる。花がいのちの糧となるとは、どういうことか。かつて小林秀雄が言っていたように記憶しているが、美しい花というようなものはない。花の美しさがあるのではなく、あるがままの花を美しいと感じ、世界とひとつになり、信じ切っている美しいこころがこちら側にあるということではなかろうかと思う訳である。


さて、五月となった。
境内に植えた一木一草が次々と花を咲かせて目を楽しませ、こころを豊かにしてくれている。桜や藤も例年のように見事な咲きっぷりをみせてくれる。かりそめの世に力を尽くす、一期一会の花のいのち。だれのために咲くのでもない花のなにげなさに癒される。

生きながらえて見えてくるもの。見えなくなってしまったものがある。沖に出れば見える海の景色、山に登れば見えてくる里の景色がある。人生がある。人もまた、過ぎたことや先のことに悩み迷うのではなく、今の一歩一歩を誤魔化さず、豊かに深く、確かなものにしてゆきたいもの。花は今に輝くことにひたすらに見える。だからこその美しさなのだろう。諸行無常の儚い命、だからこその救いがある。 今がある。命の糧がある。


画像



「わらんべ」

わらんべの声空にある夏初め

沖にゐる淋しさにあり子どもの日

腹にのせ年端もいかぬ子の昼寝

淋しさうな毛虫ゐぬかと見てをりぬ

寺の子に貰はれてゆく鴉の子

子を連れて立夏の橋をわたるなり

よく知らぬ叔父がきてゐる葱坊主

余所の子の庭に来てゐる捕虫網

機嫌直して少し固いが柏餅

九十の母へ都の葛餅を

天下取る子は野放しに麦の秋

筍飯おかはりをして喜ばれ

母卒寿子は還暦の更衣


画像



「勢ひ」

樟脳のにほふ幟を取り出せり

筍やもう手に負へぬ勢ひの

豆飯を筍飯のお礼にと

アイリスや今日を限りの出会ひなる

手応へのある甘藍を選びけり

鈴蘭の風の恋しき日なりけり

蓮の葉の浮かび水面の定まりぬ

水芭蕉月も通はぬ奥山の

狐の提灯ついて来るなといふ風に

眩むほど咲いて知りたるえごの花

君子蘭咲いたと自慢してゆきぬ

佇めば旅をうながす卯浪かな



画像



「ふとわれに」

嘆くかに藤垂れ空のただ青し

繍毬花ご飯こぼさぬやうに咲き

ひとつばたこと教はりたればうち仰ぎ

鈴蘭や風は大地の涯までも

石楠花の散るといふより腐るなり

ぼうたんの風に遅れしさゆれかな

花菖蒲風たひらかに吹き渡り

夢を見し肉のひだるさ昼寝覚

別れも近きふたりに茅花流しかな

ふとわれに返りし蟻の動かざる

目覚めてはうつろに若葉影揺れて

旅の途の留守居にとどく桜鱒

闇路より売られて来たか踊子草










画像



「わらんべ」

わらんべの声空にある夏初め

沖にゐる淋しさにあり子どもの日

腹にのせ年端もいかぬ子の昼寝

淋しさうな毛虫ゐぬかと見てをりぬ

寺の子に貰はれてゆく鴉の子

子を連れて立夏の橋をわたるなり

よく知らぬ叔父がきてゐる葱坊主

余所の子の庭に来てゐる捕虫網

機嫌直して少し固いが柏餅

九十の母へ都の葛餅を

天下取る子は野放しに麦の秋

筍飯おかはりをして喜ばれ

母卒寿子は還暦の更衣


画像



「勢ひ」

樟脳のにほふ幟を取り出せり

筍やもう手に負へぬ勢ひの

豆飯を筍飯のお礼にと

アイリスや今日を限りの出会ひなる

手応へのある甘藍を選びけり

鈴蘭の風の恋しき日なりけり

蓮の葉の浮かび水面の定まりぬ

水芭蕉月も通はぬ奥山の

狐の提灯ついて来るなといふ風に

眩むほど咲いて知りたるえごの花

君子蘭咲いたと自慢してゆきぬ

佇めば旅をうながす卯浪かな



画像



「ふとわれに」

嘆くかに藤垂れ空のただ青し

繍毬花ご飯こぼさぬやうに咲き

ひとつばたこと教はりたればうち仰ぎ

鈴蘭や風は大地の涯までも

石楠花の散るといふより腐るなり

ぼうたんの風に遅れしさゆれかな

花菖蒲風たひらかに吹き渡り

夢を見し肉のひだるさ昼寝覚

別れも近きふたりに茅花流しかな

ふとわれに返りし蟻の動かざる

目覚めてはうつろに若葉影揺れて

旅の途の留守居にとどく桜鱒

闇路より売られて来たか踊子草






テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
いのちの糧 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる