再生への旅

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zoom RSS 今日の衆善奉行・いつもここが

<<   作成日時 : 2016/06/15 15:18   >>

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雨ながら光灯すや金糸梅 玉宗

北陸も数日前に梅雨入りしたようだ。
北海道生まれの私であるが、北陸で暮らす年月の方が倍近くも長くなって今になる。梅雨もそうだが、残暑も厳しい日本海側の湿気の多い気候に慣れるまで十年は掛かった。逃げ出したい思いに駆られたのも再三ではない。

生活も社会も人間関係もそうだが、自然もまた、私の都合通りにはいかないもので、なにもかもがありのままなのであり、人生を、そういうもんだとあきらめ受け入れるのに些か手間が掛かった。しかし、故郷で一生過ごしたにせよ、それは同様の学びの日々ではあっただろう。住めば都とは言ったものである。本末転倒だったね。

いつもここが、故郷、いつもここが異郷、いつもここが最果て、いつもここが初心、いつもここが臨終、いつもここが地獄、いつもここが極楽。いつもここを置いて成仏はないのであることを肝に銘じなければならんね。
梅雨の鬱陶しさ、夏の暑さ、残暑の厳しさ。逃げることもいらない。追いかけることもいらない。貪ることも、あきらめることも、吐く息、吸う息、進歩退歩、朝と夜がめぐるように、それもこれもなくてはならない、諸行無常なるわがいのちの、ありのままなる様子ではあったのだね。

雲のこころ、水のこころ、風のこころを戴いて、一木一草、地に根を張り、まっすぐ天に伸びている。私という虫けらのような存在にも、そのような天地いっぱいの采配がある。思えば有り難くも、不思議なことではあるね。合掌



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「筐」

聖みな生み捨てられし夏野かな

義に生きる男いさゝか黴くさき

獣めく汗のにほひや伝道師

水虫を飼ひしばかりに侮られ

ゴルゴダの丘へと続く風鈴屋

水打つや市中引き回しの果ての

緑陰に逃るゝユダの心地して

十字架の高さに西日してをりぬ

向日葵の丘より死海望むかな

雷に浮かび上がりしデスマスク

蚊帳の中さながらノアの箱舟の

パンドラの筐を開けたる洗ひ髪

蜘蛛の糸餓ゑに渇きししづけさの

昼寝覚めそのまゝ蟻を見てゐたる

改宗を迫られてゐる夕焼かな



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「消える」

暁の闇に蛍火たまゆらの

浴衣着て夜の向かうを待ち侘びる

垂乳根のいよいようすき夏衾

しんとして簾の奥の真くらがり

金魚売消えし小さな水たまり

母死ねばこの世の終り飯饐ゑる

麦藁帽子空に希望があつた日の

風鈴の消えてなくなる風の音

蝮捕黙つて席を立ちにけり

太宰忌のガーゼに浸すエタノール

ふるさとの夜深さや蛍狩


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「つゆ知らぬ」

あかときの夢路や遠き不如帰

明け暮れに甲斐ある花の茄子かな

お隣りはときどき他人銭葵

梔子の花の終りや反古なして

煮ゑ滾り溢れ出したる栗の花

花柘榴みずみずしさも血のいろの

母よ父よじゃが芋の花咲くたびに

子を産んで溜息一つ花かぼちゃ

つゆ知らぬ貌して蛇のふり返る

告げ口もならぬ嘴夏の鴛鴦

天道虫なかったことにして去りぬ

有り余る風に波打つ青田かな

どちらかと言へば薔薇より豆の花










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