再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 美しき人生・もみいづる命・細見綾子という俳人

<<   作成日時 : 2016/11/27 17:21   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


木立より見ゆる星屑冬安居 玉宗



朝晩の寒さは深秋というよりまさに初冬というに相応しい今日この頃である。
境内の紅葉も落葉し尽くし、冬紅葉といえば楓がまだ枝にしがみついて風に揺れているくらいなものである。紅葉といえば俳人・故細見綾子先生には俳檀で膾炙した紅葉のエピソードがある。些か、時季を逸してしまったが、以前にも紹介した記事を補筆して再掲しておきたい。

紅葉の季節に巡り合った吟行地で、彼女は決まって次のような言葉を呟いたという。

「今年の紅葉が一番きれいね」

やっぱり今年も同じことを仰られたと回りの者は訝しむのである。昨年よりは明らかにパッとしない紅葉の時でも彼女は決まって同じ感歎の声を挙げるのだと言う。

「嗚呼、今年の紅葉が一番きれいね。」


細見綾子は、明治四十年丹波に生まれた。
細見家は江戸時代からの名家で、父は芦田村の村長を務めた人物。しかし綾子が十三歳の時病気で亡くなる。その後、柏原高等女学校を卒業した綾子は日本女子大学国文科に進み同校を卒業し、昭和二年、二十歳の時、東大医学部助手と結婚。その後、日本女子大学の図書館に勤務するが、昭和4年夫が突然病気で亡くなり、郷里の丹波に引き揚げた。同じ年に母が亡くなる。度重なる不幸による心労からか、同年の秋に肋膜炎を患う。

その養生をしていた時、地元の医師で倦鳥派の俳人の薦めで俳句を始め、その後松瀬青々に就いて本格的に俳句の道へと入っていった。戦後、沢木欣一主宰の「風」が創刊。綾子はその同人となり、翌年の十一月に沢木欣一と結婚する。その後も、戦後の女流俳句を牽引する一人として注目され創作活動を続けた。

平成9年9月6日永眠。享年九十歳。
句集『桃は八重』『冬薔薇』『雉』『伎藝天』等。著書『私の歳時記』。蛇笏賞を受賞している。晩年まで天真爛漫、感性豊かな写生俳句を発表し続けた。その生涯を見るに、若き頃を病臥に過ごし、そして、愛する者たちとの相次ぐ離別があった。若き日の魂に刻印されたいのちの深淵、闇、絶望。そして、それからの超克。

夫となる沢木欣一を戦地にへ送る日に彼女は次のような言葉を手向けたという。

「結局、どのようにして人生を美しく浪費するかではないかしら・・・」

又、俳句信条を問われると、

「写生、リアリテイーと詩というものは両立すると思います。現実は決して冷たいものではありません。」

現実は美しくも、醜くもない。あるがままである。美しいと感ずるこころ、そのような強い、柔軟な心、汚れない眼があるのだ。実際の綾子の暮らしぶりは飾らない「普段着」のものであった。そのような人間が人生を美しく浪費するのに何の遠慮もいらないと言うのである。その精神の強靭さ、潔さに共鳴しないではいられない。

「ああ、今年の紅葉が一番きれいね。」

このような感嘆の言葉は人生に無欲な者にして始めて口にし得るものではなかろうか。今を生きる拘りのなさ、素なるこころがある。死にゆくものにとって人生は浪費以外の何物でもない。帳尻を合わせようとしているのは人間の欲望が為せる妄想である。綾子の言葉は現実の厳しさ、優しさ、何気なさ、非情さを嫌ほど承知している人間の言葉なのである。あるがままを映す鏡のような心をもった人間がここにいる。

「今を美しく老いること以外に私は何も望むものはありません。」

私にはそのように呟いているようにも聞こえる。このような心映えは人生の山坂を実直に、感性豊かに歩んできた人間の、もみいづる命にしてはじめて成し得る言葉であろう。美しい人生というものはない。人生を美しい心で生きて行く人間がいるということではなかろうか。いつも初心で生きて来た綾子自身が紅葉を映した鏡のように光り輝いている。

私は生前の細見綾子氏に会うことは叶わなかった。同じ俳句結社『風』に所属していたがそれも氏の晩年にあたる数年に過ぎない。夫である沢木欣一氏には贔屓もして頂いたし、目も掛けていただいた。俳句のいろはを教えて頂いたと言ってよい。感謝するに吝かではないのだが、私の胸中には沢木氏より妻でもあった細見綾子氏の感性に痛く憧れるものがあったし、今もそれは変わらない。結社賞には何度か応募したが細見先生は余り評価をして下さらなかった。それが今となっては少なからず残念ではある。

然し、一度だけ古参同人の方に「君の感性、作品は細見先生に似たところがあるね」と指摘されたことがある。
思ってもみなかった指摘に舞いあがったことを覚えている。氏に自分の俳句を認められたかったという思いが私には未だにある。思うに、マザコンでもある私のような人間には、母性特有の柔軟さと強かさ、包容力が細見氏には感じられた。勿論、それは氏の作品やお写真を通してのものではあるが。それにつけても、一度お会いしたかった俳人ではある。



画像



北国新聞社からわがエッセイ集『拝啓、良寛さま・曲がり真っすぐ禅の道』(定価*1800円+税)が出版されました。


お求めの方は販売元↓へ直接か、アマゾンでお買い求めください。

政策・販売

北国新聞社 〒920−8588 金沢市南町2−1

п@076−260−3587 (出版局直通)

FAX 076−260−3423

https://g.bookwalker.jp/book/item/B16714182/


画像



「へそくり」

水に仕へし妻のおゐどや雪催ひ

追ひつけぬ雲や蟷螂枯れにけり

へそくりを思ひ出す冬苺かな

でしゃばらぬ冬菜のやうな嫁なりし

暗くなるまで大根洗ふ水となる

泣きじゃくるほどにあかるき時雨かな

冬菊やきのふと同じ淋しさの

白鳥に無垢なる驕りありにけり

鳥のみち今日は雲ゆく冬籠

もの言はぬ一日冬木見てゐたる

寒くとも行かねばならぬ用足しに

さ迷へる風みてゐたり着ぶくれて

寒星を指さす父の背中より


画像


「鬼」

奥山に沈む朝靄冬安居

托鉢のしんがりにゐて時雨けり

韋駄天の閼伽を揺るがせ雪起し

雲水の蒲団に月の漣す

綿虫や後ろの正面鬼ばかり

懲りもせぬ塀の外なる焼芋屋

足袋穿いて母は大正生まれなり

腰巻の母は鉄壁霜の朝

山眠くなる空はだんだん虚ろになる

大根引洗ひ晒しの山河あり

夕星に果てなむとする焚火かな

狐火や夜更けて母が鬼女となる



画像


「しづけさ」

昼灯す午後のしづけさ賀状書く

寡婦の如く葱を抱へて来たりけり

おつかひの褒美に飴と綿虫と

湯に浸かるしづけさにあり冬籠

着ぶくれて渡る海辺のいろは橋

おでんの具足らぬと馬を走らする

ふるさとの空は寡黙ぞ木守柿

雨ながら水鳥浮かぶしづけさよ

鍋焼に舌を焦がせり回復期

凪といふ海のしづけさ冬の雨







テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
美しき人生・もみいづる命・細見綾子という俳人 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる