再生への旅

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zoom RSS 今日の脚下照顧・立春のこころ

<<   作成日時 : 2017/02/04 18:21   >>

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佐保姫を迎へに挙る村上げて 玉宗


ひと月に及んだ寒行托鉢も無事円成し、気が付けば寒も明けて今日は立春である。

年始年末からお寺の行持が続き、お正月気分もあったようなないような、お坊さんの暮らしぶりではある。しかし、お寺の行持があることを幸いとしなければ罰が当たるというものだ。愚痴など言ってはならない。苦労などしてはいないし、そんなものあっては大変だ。お坊さんとは苦楽を超えたところで生きている人間の事である。苦労していますなどと言おうものなら、それは自らお坊さんとして失格であると烙印を捺しているようなものだね。

実際のところは、私のできることをしている、または私のやれることをさせてもらっているというだけの事。いつも、今、ここでケリがついている。事が足りている。ありのままというご利益の真っただ中で生死している我らである。ありのままという「信」の中で仏道している我らである。

一般的にも苦楽は糾える縄の如しと言われ、それがそのまま生きる力となっているのではないのかな。ましてや、お坊さんはありのままに生きることをその面目、潔しとして生きている存在である。苦楽の種といったものも本来的には何の色も付いていない「因縁」の様子である。選んだり、忌避したりできると思い込むことがそもそもの間違い。本末転倒、妄想の最たるものではなかろうか。

人生に生まれる苦楽の種。お坊さんはそれをわがものとし、おもちゃ箱をひっくり返して遊ぶ子供のように、一心不乱に苦楽を超えたところで遊化したいもの。それそのものとして、今を、ありのままに生きる。冬は冬ながらの、春は春ながらの成仏している今をまっすぐ戴いて行くばかりではないかな。



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「甘いもの」

甘いもの買ひにと雪解橋渡る

春立つとおもへる方に家族あり

見厭きたる空にも春の遠からじ

遊ぶ子の空に声あり春隣

店に張り紙鶯餅ができました

ふるさとの夜の甘さよ鬼が来る

雪の甘さの水羊羹や寒見舞

雪国に生れまなざし深かりき

甘さうに雪を啄ばむ雀どち

角巻の姉の遍歴知らざりき

甘くない世を味はへる海鼠かな

滴れる星に寒柝打ち切りぬ


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「あかるさ」

旅立ちの空のあかるさ蕗の薹

うすらひやうつろひやすき日や月の

水漬きたる芹田に朝の薄氷

水仙に日当たる海の眩しさの

冬蝿のなすところなく掃かれけり

正したる膝の寒さよ寒明忌

豆を撒く星の滴る夜なりけり

ふるさとの夜のにほひや鬼は外

逃げ惑ふ妻の背中へ福は内

父といふ鬼の淋しさ外にも出て

落したるふぐりを風に晒しけり

九十の母へも少し年の豆

柊挿す軒端に沖の明るさよ



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「雪のにほひ」

一人たのしも春の川べりどこまでも

眉を吹く風にも春のきざしあり

頬にまだつめたき里の雪解風

春炬燵痒き背中を掻けとこそ

寒の明けしづかな午後を二人して

魚は氷に仄かに遠き土踏まず

父ゐます如くに光り雪斑山

産土の杜に汚れて残る雪

雪解やひかり奏づる水の音

空にまだ雪のにほひや如月の

月影に恋する猫のすさまじき

パンジーの風にひらひらして已まず

水に手を風に頬切る余寒かな

うすらひのしづかに岸を離れけり




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