再生への旅

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zoom RSS 寄り添うべき人間力

<<   作成日時 : 2017/05/10 07:07   >>

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山法師あすは飛び立つかたちして 玉宗


少ない檀家の中で老人夫婦や一人暮らしをしている所帯が少なくない。10年もしないうちに檀家数は半分になるだろう。先日、お茶に立ち寄った老婦人。ご主人の加齢による様々な体調変化の進行を目の当たりにしながら二人だけの毎日を過ごしている。ご主人は80歳前だが、運転免許も返納し、畑仕事もできなくなったらしい。

二人の子供は関東地方に所帯を持って暮らしている。子供の世話になるつもりもないという。老老介護に入り始めている方ではあるが、その話しぶりには静かながらも、人生への諦めが漂っていて、聞く方としては只黙って頷くほかにないのではあった。

老後を子供たちと共に過ごしたいというのは今も昔も変わらない家族の真情だと思っているのだが、過疎の村では物理的にもそれが叶わぬ現実がある。田舎にいても都会と大差のない生活ができる現代ではあるが、そうであればなおさらのこと自然豊かな、そして少子高齢化にして過疎なる場所に老夫婦だけで暮らすことには都会で暮らす孤独とは異質な淋しさがあるのではなかろうかと思ったりもする。戦後顕著になったと言われる家の崩壊、変質。それは環境や社会思潮の変質でもあっただろうし、個々の人間力の崩壊、変質でもあっただろうか。

思えば、みな初めての生老病死である。他人事で済ませて来たこれまでの人生とは違うわがこととしての端的がそこに横たわり、われらに問いかけてくる。それにしても、否、そうであればなおさらのこと、無情にして無常なる生老病死のわれらが人生に寄り添うべきものとは、自己こそが究極のものであることを強く感じるのである。

まぬがれ難き生老病死の我らであるが、実際のところ、できることならまぬがれたいと思うのがまた人間の人間たるゆえんでもあろうか。どう足掻いても免れられない現実に人はそれぞれの生老病死をときにうろたえながら、ときに絶望しながら、ときに従容と受け入れてゆく。

人間とは万物の中での優れた適応力を持った存在でもある。環境の変化、人間関係の変化の中でも逞しく生き抜く人間力を信じたい。弱く果敢なき存在故の適応力。神が与えた特権なのかもしれないとも思ったりする。仏弟子が檀家に寄り添うとは存在の条件を変えることではない。存在そのものの深さをわがものとして生き抜くことでもあろう。

自己を徹底むなしく受け入れることができてこそ他者に寄り添うこともできる。果敢なき存在者であるお互い同士の不断なる共感と身を捨て心を捨て己むなしく相手に尽くすことが理想である。それがそのまま仏弟子の人間力でもあり、寄り添うべきはお互いの人間力でもあろうかと思う訳である。

篤信家でもあり、お寺に力を尽くしてきてくれた老夫婦のまぬがれ難き生老病死の境涯。他人事ながらもわがことのように感じ入ったことである。合掌



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「大陸」

飛ぶ鳥の影ながれゆく夏野かな

舞ひ降りて梢に積もる山法師

日を呑みし花はもの憂き牡丹かな

新樹光いまもどこかで血塗られて

その奥に雀の沈むあやめかな

大陸の夢は涯なし黄砂降る

はまなすや蒙古の風と聞くばかり

主なき都忘れの夕べかな

薄暑光満ち足りてゐて憂かりけり

引き返すことも叶はず毛虫這ふ

死は生に影と寄り添ふ夏花かな

親爺来ると番屋に網を繕へる

烏賊釣りの父の漁火ただ遠く


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「なりゆき」

なりゆきの留守を預かる昼寝かな

働ける振りをしてゐる蟻かとも

ぼうたんの脱ぎ散らかして終りけり

白妙の泡と砕けし卯波かな

丘といふときめくものへ風薫る

狐の提灯草葉の陰を照らしけり

だうしろといふのか滝を見せられて

晴れ晴れと大風渡る若葉かな

競ふこと苦手な妻が草むしり

筍飯食はずにをれず食ひにけり

鈴蘭やいつもどこかに風生まれ

風通し裏表なき暮らしかな



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「しゃんとして」

しやんとして三日見ぬ間の早苗かな

つんとして佇む白き鷺一羽

しゆんとして捨てられゐたる仔猫かな

そつとして立ち振る舞ひや花さうぶ

ぼうとしてなにやら憮然葱坊主

がんとして控へて冥き蟾蜍

ちやんとして生きた心地や昼寝覚

むつとして薔薇は年増の香なりけり

かつとして筍飯をおかはりす

じつとしてゐても汗かく嫌なやつ

すつとしてこれから先や松の芯

そつとしてをけば気のすむ端居かな
















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「大陸」

飛ぶ鳥の影ながれゆく夏野かな

舞ひ降りて梢に積もる山法師

日を呑みし花はもの憂き牡丹かな

新樹光いまもどこかで血塗られて

その奥に雀の沈むあやめかな

大陸の夢は涯なし黄砂降る

はまなすや蒙古の風と聞くばかり

主なき都忘れの夕べかな

薄暑光満ち足りてゐて憂かりけり

引き返すことも叶はず毛虫這ふ

死は生に影と寄り添ふ夏花かな

親爺来ると番屋に網を繕へる

烏賊釣りの父の漁火ただ遠く


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「なりゆき」

なりゆきの留守を預かる昼寝かな

働ける振りをしてゐる蟻かとも

ぼうたんの脱ぎ散らかして終りけり

白妙の泡と砕けし卯波かな

丘といふときめくものへ風薫る

狐の提灯草葉の陰を照らしけり

だうしろといふのか滝を見せられて

晴れ晴れと大風渡る若葉かな

競ふこと苦手な妻が草むしり

筍飯食はずにをれず食ひにけり

鈴蘭やいつもどこかに風生まれ

風通し裏表なき暮らしかな



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「しゃんとして」

しやんとして三日見ぬ間の早苗かな

つんとして佇む白き鷺一羽

しゆんとして捨てられゐたる仔猫かな

だらりとして立ち振る舞ひや花さうぶ

ふらりとしてたんぽぽ絮となりて飛ぶ

ぼうとしてなにやら憮然葱坊主

がんとして控へて冥き蟾蜍

ちやんとして生きた心地や昼寝覚

むつとして薔薇は年増の香なりけり

かつとして筍飯をおかはりす

じつとしてゐても汗かく嫌なやつ

すつとしてこれから先や松の芯

そつとしてをけば気のすむ端居かな












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