再生への旅

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zoom RSS 貫く棒のごときもの「稲畑汀子先生との出会い」

<<   作成日時 : 2017/06/09 04:58   >>

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繍線菊やあの世の母に顔向けが 玉宗


以前私が兼務していた輪島の永福寺には「能登言葉親しまれつつ花の旅」という虚子の句碑がある。戦後間もなく輪島に来輪し、永福寺において地元のホトトギス探勝句会の面々と句会を開いている。現在もお寺には当時虚子が控室として使った部屋があり、お寺の者は今も「虚子の間」と呼んでいる。どうも俳句との縁は私に憑いて回っているらしい。


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ほととぎす俳句との関わりは、総持寺祖院での修行時代に遡る。
毎月、境内を吟行している方々に声を掛けて以来。門前町には「あらうみ」という「ホトトギス」衛星誌の会員が多い。ことの成り行きで私も会員となり、句会には出席せず、投句だけという変則参加を続けていた。その後、「ホトトギス」会員にもなり、平成7年角川賞受賞となる。当時は「風」会員でもあった。

角川賞選考委員は稲畑汀子氏、福田甲子雄氏、三橋敏雄氏、川崎展宏氏の4名。私の作品は、その絶対的評価というより、総応募作品の中での相対的評価を頂いたらしい。その辺が貰った本人にしてみれば、面映ゆかった訳である。その恥じらいと戸惑いは今でもある。へそ曲がりな俳人になったゆえんでもあろうか。しかし、そのような選考経過の中でも、稲畑汀子氏は比較的作品そのものを評価して下さっていた。「雪安居」50句は比較的「あらうみ」「ホトトギス」的作品と言えなくもないのである。いずれにしても俳句賞というものの在り様を教えて頂いた貴重な体験ではあった。


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虚子の句碑があるというご縁もあって、以前稲畑汀子氏が永福寺に来山されたことがある。星野高志、坊城俊樹、稲畑孝太郎各氏も同席された。私は受賞後、「風」同人となり、「ホトトギス」を離れた。どこからともなく「角川賞を受賞できたのも稲畑先生のお陰なのに、恩知らずなことだ。」という風評が伝わってきた。私としてみれば修行中の身でもあるし、3つも4つも俳句誌を買う小遣いも惜しかった。又、「風」の輪島在住同人にも俳句のいろはを親身に教えて頂いていた個人的恩義があったのである。そんなこんなや、なんだかんだと、いろんな柵や雑音があり、なんだか、面倒くさく、煩わしくなった。受賞後「ホトトギス」同人に推薦されたのに、勿体ないことだという人もいた。その恩義の中で俳句を続けていくことができなかった私。「ホトトギス」同人と言えば昔日は赤飯を炊き振る舞ったものもいたというほど名誉なことらしいが、私にはそれもまた面倒臭かった。身軽に生きていたかったのである。あの時もそうだったし、今もそうだし、今後もそうだろう。

そのような経緯があって受賞後の俳句活動を続けていたのである。そのようなことがあっての数年後に、永福寺での稲畑汀子先生との対面であった。むさくるしい、田舎のお寺に恐縮した。ご本人は私と金子先生とのご縁や「ホトトギス」を離れ「風」で俳句を続けていることも知っていたようで、そのざっくばらんな、フランクさが私には如何にもクリスチャンだなと感じたものだった。自己以外の人間臭さに対する、意外な包容力、寛大さ、そして自己に対する、神の御前に生きるストイックさ、容赦のなさ、それは依るべき神への信仰の強さの表裏ではないのだろうか、というのが私の氏を代表するクリスチャンへの見解である。

現実を生きるとは、神のなせる業への存問に他ならない。虚子がクリスチャンであったかどうかは知らないが、花鳥諷詠の哲学には同じ様な図太い生の確かさというものが感じられる。それは私のような人間たらしには近寄り難いものでもあるのだが。「貫く棒のようなもの」と言ってもいいだろう。私にはそのような血脈、血の濃さがないのだ。


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「虚子の間」には本堂玄関前での記念の写真が掛けてある。その部屋で汀子先生と二人で記念撮影。そのときどんな会話をしてのか忘れてしまったのだが、氏は屈託なく永福寺でのご縁を受け入れてくださっていた。その後、義理を欠いていたままだったのだが、能登半島地震に被災した興禅寺に多額のご援助をいただいた。私のような人間たらしの必死さに応えてくれたのである。そういう方なのである。稲畑汀子先生とは。



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「手応へ」

白雲の呼べど応へぬ涼しさよ

ご無沙汰の詫びにと新茶貰ひけり

われなくてよかりしこの世古簾

手応へのなきまくなぎを払ふなり

片蔭を歩いて猫に怪しまれ

心太吐き出すやうに押し出しぬ

雲割れて虹立つ沖の波がしら

背負ふものなくて淋しき単衣かな

花南瓜どつと夕日を吐き出せり

箱庭の中まで夕焼してをりぬ

蛇といふ足手纏ひのなき怖さ

背負はれて蛍狩りより戻りけり

酒冷すほかに欲とてなかりしを

夜店の子引き抜く鬼の手となりて

応へなき森の奥より青葉木菟


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「馳走」

ときじくの雨もめでたき田植唄

早乙女や泥も豊かに尻掲げ

晴れ晴れと風にそよげる早苗かな

京鹿子咲くや火花を散らすかに

土喰の身を沈めたる菖蒲風呂

朴葉飯供へる月の命日に

田仕事の結いの馳走や鮎膾

早苗饗を抛り出されて月に酔ひ

月満ちて泥の眠りや杜鵑

背筋這ふ音して寒き百足虫かな

茫々たる月日の中よ蚤虱

螻蛄蚯蚓土竜貌出す田植月


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「しらじらと」

梅雨に入る木天蓼の葉のしらじらと

花も葉も雨に汚れしねずみもち

桑の実を含めば瘀血たらたらと

出目金を罰の如くに飼ひ馴らし

紫陽花の押し寄せてくるざぶざぶと

緋鯉買ふ動機も金もなかりけり

沢蟹や月の回廊さはさはと

撃たれたる鳥の心地や昼寝覚

来た道や虹の向かうにさめざめと

魑魅ゆく月の山巓夜鷹啼く


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