再生への旅

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zoom RSS 思い込む、思い遣る

<<   作成日時 : 2017/07/03 02:46   >>

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釣鐘草継子鬼子みな淋し 玉宗


折々に人生を振り返ると、善しにつけ悪しきにつけ、本人の期待や不安を超える現実が余りにも多く起きていることに気づかされる。あさはかと言えばそれまでだが、「現実」は私の「思い」を遥かに越えて来たり去って行ったりする。人生とはそのような「現実」に蠢いている生き物のように見えてくる。現実を尊重しながらも執着してはならない所以でもあろうか。命生きることに人は謙虚であるべきだ。そのようなあやふやで、当てにならない「現実」からしか人生を学ぶ機会もまたないのである。

思い込んだら命懸けといった人の世の喧噪がある。「思い」とはあって無きがごとく、泡のごときものではありながら、それでいて、時には厄介者であり、時には頼りになり、中々に一筋縄ではいかない。目に見えない「思い」の世界が人生を後押ししたり、人生を振り回したり、豊かにしたり、そうでなかったり、様々な影響を私に与えている「鵺のような現実」。

「思い込む」とは「思い」を抱え込むこと、執着、むさぼりだろう」。それは、「わたし」という小さな世界、窮屈な世界を作り上げもする。「思い遣る」とは「思い」を遣る、手放すこと、与えるこころ。それは、拘りや行き詰まりのない広々とした世界へ身心を解き放つだろう。

思い込んでは娑婆にうごめき、思い遣りては浄土に遊ぶ。過去は過ぎ去って帰らず、未来は未だ来たらず。人生とはそのような取り付く島のない、奈落と天上を窺う離れ業のようなものだ。「そのもの」を戴くことに選り好みせず、偏らず、まっすぐに精進する。「現実」もまた幻である事が多い。





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「詔」

羅や風に色香のありにけり

水無月やさざ波ほどの煮炊きして

ざざ降りの雨に呆けし合歓の花

垂乳根の寝息遥けし半夏生

白南風に詔する男かな

祓ひたまへ祓ひたまへと夏半ば

言はれたるまゝに茅の輪をくぐりけり

畏みかしこみその日暮らしや夏祓

形代の半ば溺れて流れけり

生き訣れたるこころにかよふ葵かな

さみだれも降りみ降らずみ螻蛄飛ぶ

賽銭の音にも梅雨の寒さあり

雨垂れの弾けて花の擬宝珠かな


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「染」

梔子の染まらぬ色の花ぞかし

大仰に咲きてうつむく百合の花

青葡萄小粒ながらに房なして

まだ風と同じ色なる青トマト

こと切れしごとくに落つる沙羅の花

血塗られし記憶に染まる花柘榴

熊蜂の飛び出してゆく花擬宝珠

南天の花ひそやかにさり気なく

明け暮れの空を窺ふ茄子の花

昼顔や拍子抜けたるしづかさの




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「かげ」

さざめきていつか七月とはなりぬ

朝空にオクラは花のラッパ吹き

仏みな着のみ着のまま露涼し

黒南風や空に驕れる影もなし

洞なして弁天堂の五月闇

北前の湊を今にあいの風

実はまなす流れ着きたる思ひあり

紫陽花の花やしとどに押し寄せて

千里來し風に虎尾草戯れゐたる

さみだれを絡み取りたる蜘蛛の糸

ちぬ釣りの引きの強さも外浦の



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