再生への旅

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<<   作成日時 : 2017/08/20 03:20   >>

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暮れてゆく波の音にも盆過ぎの 玉宗


お盆も過ぎてすることもなく、じっとしている毎日。否、正直に言うとダラダラしている。人様がみたら自堕落な有様ということなるだろうことは間違いない。

無為という言葉がある。

「為すこと無し」ということだが、仏道的には「無為の法」ということ。なまけるとか、なまけないといった欲望界隈の話ではなかろう。「存在の法」そのものの実体を言っている。だから「無の法」「無という在り方」といったほうが実際に近い。

漣のような人間の煩悩がある。作為という煩悩のはたらきがある。そんな波動も無為の法のという大海を離れるものではない。即かず離れず。追うこともいらず、逃げることもならない。捨てることもならず得ることもない。滅することもなく増すこともなく。有るでもなく無いのでもなく。善でもなく悪でもなく。虚でもなく実でもなく。

いてもいなくても、あってもなくても、負けても勝っても、生きても死んでも、なんら差支えのない絶対的な存在。そんな無為の法が今、ここに生きている。無為の法に生かされている。無為の法が云為している。

私にこだわることの愚かさ。私を蔑ろにすることの愚かさ。無為の法をまっすぐ頂くことが試されている。「法」そのものでありつづけるばかり。


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「夜の草」

笛の音も消え入る夜の草雲雀

暮れてゆく波の音にも盆過ぎの 

寒蝉や淋しがり屋の膝小僧

泣きに来し納屋に南瓜のごろごろと

風あれば風に昂ぶる虫の声

蜩や闇に潮のありにけり

水虫を飼ひ始めたり盆過ぎて

蜻蛉や地の果てに日の落つるべく

鈴をふるほかは音なき夜の草

蟷螂が泣くに泣けざる手を翳し

底なしの夜の眠りやつづれさせ

草陰に夜の奈落やいなびかり







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