再生への旅

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zoom RSS 私がわたしであるとは?!

<<   作成日時 : 2017/09/21 04:48   >>

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暗くなるまで辺り一面蕎麦の花 玉宗


昨日から秋の彼岸入りとなった。

「今日彼岸菩提の種を蒔く日かな」といった道歌があるが、日々菩提の種ではなく、苦楽の種を蒔き散らしているような有様。

それもまた人の世の宿命ではあろうかとおもわないではない。

娑婆を忍土とも言う。

だからこその浄土であり、解脱であり、再生であるか。

われわれはこのような地上からしか希望を語ることができないし、この地上を於いて夢を実現する機会もないのである。

人はだれも自分の愚かさを認めたがらないものだ。

愚かさとは何か。

畢竟それは自己を知らないことに尽きるであろう。

人は人として生まれて来たのではない。

人になるために生まれて来たのだし、生きてゆくのだし、そして人となるために死ななければならないのだ。

私一人の自然さのために、神の、天の、自然の、惜しみない采配がある。

私の存在意義。

私が私であることの意味。

それがあるとしたら、自然であること。

それに尽きる。




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「跫」

龍淵に潜み洞なす空の色

納屋暗く山と積みあり今年藁

奥能登のその又奥の鳥威し

村寂びて水浸きし猪の蒐場かな

稲を食ふ雀見てゐる烏なりけり

野分なる行方も知れぬ音ばかり

菩提寺へ参ると後の更衣

遠山に日の落ちかゝる芒かな

秋薊旅に秘めたる思ひあり

暮れてゆく跫ばかり水の秋

枕辺は港の如し虫すだく

稲干して星の滴る夜なりけり

籾殻を燻すや月を煙らせて











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