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zoom RSS 今日の現成公案「人間という作品!?」

<<   作成日時 : 2017/09/22 04:19   >>

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コスモスの半ばなげやりにして吹かれ 玉宗

いつであったか、タレントのタモリさんが、師匠でもある赤塚不二夫氏の葬儀で「わたしもあなたの作品です」みたいな弔辞を読まれていたのが印象的だった。なるほど師匠と弟子の関係とはそういう一面もあるのだと改めて知らされたことを覚えている。そして世の中をみれば自薦他薦の作品だらけで、その出来の良し悪しの揚げ足を取るのに汲々たる有様に見えないこともない。

そんな意地悪な見方をしても何も始まらない。顧みて親子の関係もまた人格を形成、創造するという過程の真相に於いて同様なのではないかと思ったりもする。が、一方で、人間の個人性、尊厳性を「作品」と言えるものかどうか、ためらいがない訳でもない。倅をわが作品と世に押し出したいものではあるが、神をも恐れぬおこがましさである虞が大いにある。

まして、親の子に対する関わり合いが作品創造のベースかもしれないが全てではない。
家族という関わり合いながらも絶対的孤独を引き受けなければならない存在。そして、子が親の作品であるだけではなく、親もまた子の作品になりうる可能性もまた否定できまい。いのちとは可能性そのもである。親子といえども一期一会のお互いである。その奇跡をどう活かすことができるのか、自己を脱落し、他己を脱落せしむる力量が試されている。


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「床の間」

床の間の余白を鳥の渡るかな

厠にて鳴かぬいとどの怖ろしき

押入れは龍の潜み淵かとも

手入れせし松葉が窓に二三本

クローゼットの中さながら芒原

露けしと思ふ廊下の突き当り

茶箪笥の奥まで秋の夕焼して

式台に南瓜を置いてゆきにけり

ねこじやらし父の書斎に忘れあり

仏壇へ秋分の日の夕日さし

長き夜の妻の部屋より妻の音

夜学より帰りそのまゝ二階へと

くわりんの実ごつんと落つる夜の屋根

地虫鳴く闇続きをり床の下

丑三つの厨に月のひかりかな






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