再生への旅

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zoom RSS 山高く、海深く

<<   作成日時 : 2018/04/17 05:25   >>

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咲き満ちて花の翳りといふものを 玉宗


「山高く海深く頂きを露わさず底見えず」

總持寺ご開山瑩山禅師撰述「坐禅用心記」にあるお言葉。

落ち着きあり思慮深い人は、高い山のようであり深い海のように、高潔でありながら、慈しみ深く厚みがある、といったところが一般的な解釈である。

山にもいろいろ、海にもいろいろ、人生いろいろ、お坊さんいろいろ、なんていうようなことを言って胡坐をかいているようじゃ駄目で、山高く海深い云々は確かにお坊さんである私の最終的目標の人間評価ではある。

私という山の高さを極め、私という海の深さを極める。その道行がお坊さんとしての生き方であり、私の人生であってほしいものである。

さて、いつもわかったような解らないことばかり書いている市堀玉宗だが、その標高、その深度は如何ほどの代物なのであるか。どれほどの海抜で生きているのか。私の人間性がどれほどのものなのか。すでに露わである筈である。目を瞑ることなく、ありのままを受け入れて生きていくしかあるまい。




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「よしなしごと二十句」

花は葉におのれ励まし飯を食ふ

蜷の道もの言はぬ日の気怠さの

春の宵棺の蓋を閉づるかに

春ひとりよしなしごとに身を入れて

野良の母影曳く春の夕焼けに

馬鈴薯植う熊を親父と呼ぶ故郷

毛を刈られ寒々したる羊かな

出稼ぎの町なり鰊曇りして

取返しつかねど目刺焼くとせむ

吾輩を差し置いてゆく春ならめ

ぶらんこをするには動機なさ過ぎて

是非もなし春の夢より覚めてなほ

囀りや襟首汚れ易くして

野遊びの空がだんだん怖ろしく

亀鳴くや生き損なうて埒もなく

礁より妻の乗り込む若布刈舟

ひとひらの花弁垂れたるチューリップ

挿木するほどの夢ならあるにはある

桃の花ことばに温度ありにけり

逝く春に手を拱いてそぞろなる








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