『拝啓、良寛さま』その182

「虚子の青春」 遠山に日の当りたる枯野かな  虚子 明治三十三年十一月二十五日、虚子庵例会での作、時に虚子二十六歳。山本健吉氏はこの句に至ってはじめてその本領を発揮したと述べ、又独自の句境であるとその画期的な意義を認めている。それはつまり、この句に至って定型に依るべき虚子の詩心が定まったという事なのだろう。二十六歳の…
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『拝啓、良寛さま』その181

「往きて還る俳諧のこころ」 生きていることのどうしようもなさ、不思議さ、あやうさ、こだわりのなさ、有難さというようなものがある。生かされて生きているわたしのいのち。それは覆すことのできないほどに目の当りしている事実である。そのような私の地平から望むこの世のの美しさ、確かさ、あやうさ。これはいったい何もののまなざしであろうか…
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『拝啓、良寛さま』その180

「一粒の言葉に生きる」 先日、興禅寺を訪問された方が境内にある金子兜太先生の句碑に目を留め、「どのように鑑賞したらいいんでしょうか?」と質問された。俳句とは面白いもので、創作した作者の思惑や期待を離れて一人歩きすることがよくあるものである。文芸作品とは大なり小なり、みなそういう類のものなのかもしれない。要するに、鑑賞者や読…
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『拝啓、良寛さま』その179

「東日本大震災にあたって俳人はどうあるべきか?」 「栴檀」6月号の辻恵美子主宰巻頭言「樹下随感」は以下のようなものであった。 〈東日本大震災に思う 辻 恵美子 2011年3月11日、午後二時四十六分。この刻を日本は、そして世界も決してわすれることはないであろう。マグニチュード9の国内最大の地震、その後の十五メー…
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『拝啓、良寛さま』その178

「中山純子という俳人」 元「風」同人であった中山純子氏が亡くなっていた。亨年87歳の御生涯だった純子先生については拙ブログでも以前紹介したことがあり、重複するかもしれないが追悼の思いで取り上げたい。 沢木欣一、その伴侶でもある故・細見綾子らと共に、戦後間もなく金沢という地方で立ちあげた今はなき俳句結社「風」草創期の同…
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『拝啓、良寛さま』その177

「金子兜太・生きもの感覚の自由人」 今年九十三歳になる金子兜太先生。始めて熊谷のお宅でお会いしてから三十年以上の歳月が流れたことになる。お坊さんの経歴以前からのお付き合い。それも当然で、皆子奥様と共に私の出家に立ち会って下さった御本人でもある。 そのような俳句と人生の恩人、金子兜太著『荒凡夫 一茶』(白水社発行)…
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『拝啓、良寛さま』その176

「原郷をまっとうに生きる・金子兜太・皆子夫妻」 今を生きて老い思わずと去年今年 兜太 三日夜7時半、NHKで「今を生きて老い思わず・俳人金子兜太 九十一歳の人生訓」という三十分番組が放映された。そこには愛妻の死を乗り越えどっしりと生きる兜太先生の姿があった。そして四年前に亡くなった皆子先生の、私の知らない深い人生の味…
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『拝啓、良寛さま』その175

「俳句の重心・金子兜太・肉体の言葉」 現代俳句の可能性を開いた金子兜太の俳句には圧倒的な存在感がある。例えば、一句は言葉が深く刻まれた梵字が彩なす卒塔婆のようだ。又、その俳句には確かな重心がある。例えば、一句は金子兜太という総量以外のなにものでもないかのように。縄文土器のように古くて新しい芸術作品を観ているようだ。 自身…
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『拝啓、良寛さま』その174

「俳句教室雑感」 現在、わが俳句教室に通っている生徒さんは二人である。俳句歴十年以上の高齢者に属する男性と退職して昨年から俳句を始めたと云う女性である。何事も習い事は白紙の状態から始めるに越したことはない。ほかでもない、俳句歴の浅い女性の方が俳句的感性に秀でているのだ。男性はさる結社の同人でもあるのだが、観念の窮屈さに自縛…
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『拝啓、良寛さま』その173

「俳句に於ける個性についての一管見」 「俳句における個性」又は「俳句の個性」を考えるに当たって、俳句の構造的宿命と切っても切れないものであることが予見される。五七五という最短定型詩の避けて通れない個性の条件といったものがあるのではないか。今回は先ず、俳句に於ける個性の問題の助走みたいなものである。問題提起といったところ。 …
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『拝啓、良寛さま』その172

「不易と流行を支えるもの」 昨日からツイッターで呟いている「俳句の評価に世代観を持ち込むのは禁じ手なのだろうか?」といったような自問自答も、実は俳句でよく言挙げされる「不易と流行」の本質が俳句実作だけではなく、時代を生きる現代の俳人諸氏間の響き合いにも通用するのではないかと思っているからだ。結論を先に言えば、世代間の感性の…
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『拝啓、良寛さま』その171

「現代俳句観賞心得」 仁平勝『路地裏の散歩者』(邑書林)をつらつらと読んでいるのだが、現代俳句の論客だけあって俳句定型詩への切り込みが独自、且つ鋭い。攝津幸彦という俳人を通して(つまり、その作品を通して)現代俳句のアリバイと可能性を言及しているかの如きである。 集中「ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド」と題された論説…
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『拝啓、良寛さま』その170

「俳句のおもしろさとは?」 俳句鑑賞にあたってよく耳にし、口にもするのが「おもしろい」といった言葉である。最短定型詩としてのおもしろさといったものがある。言葉そのものや言葉の斡旋や描写による対象への、或いは対象からの感動、発見、諧謔、認識、韻文性、調子、気息、人柄、感性等々。その多種多様な面白さを痛感するものこそが俳句の面…
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『拝啓、良寛さま』その169

「寺山修司という生き方・「私性」へのこだわり」 死はあたかも一つの季節をひらいたようだった   堀 辰雄 寺山 修司といえば、詩人、劇作家にして演劇実験室「天井桟敷」主宰、歌人、演出家、映画監督、小説家、作詞家、脚本家、随筆家、俳人、評論家、俳優、写真家などとしても活動、膨大な量の文芸作品を発表し「言葉の錬金術師」の…
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方便現涅槃、とは?!

「沙羅の花死して寄り添ふこころあり 玉宗」 7月5日は故御誕生寺中興二世・本山独住二十三世閑月即眞禅師雲海興宗大和尚禅師の三回忌に当たる。昨年の一周忌には弟子一人に出席させたが、今回は現住職の御慈慮で、市堀親子三人が招待を忝くした。祖院での恒期法要である九月の御征忌でも焼香師法要が営まれる予定だそうだ。 さて、わ…
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『季節のアルバム・金沢大乗寺』

「草毟ることより習ひ始めけり 玉宗」  曹洞宗には永平寺總持寺の二大本山の他、全国各地に地方僧堂と呼ばれる修行道場がある。昨今の社会情勢のご他聞に漏れず、少子化の影響で本山はもとより地方僧堂に安居する若い修行者たち激減している。わが地元の總持寺祖院も例外ではない。 コロナ禍の影響もあるのだろうが、ことここに至って…
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『拝啓、良寛さま』その168

「俳句のメルトダウン」 時々、いったい何のために実利にもならぬ俳句を作り続けるのであろうかと思うことがある。嘗て、H氏賞選考委員も務めた「風」同人の西垣脩氏は次のようなことを語っている。 「句をつくるということは、日常性に垂直な精神の軸を立てその場に刻々の自己を確認する操作であって、人間として生きるために択んだことだ…
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『拝啓、良寛さま』その167

「短詩形の可能性・故沢木欣一との出会い」 俳句を初めて間もなく北国新聞の俳壇へ投句をしていた。四半世紀以上も前のことである。選者は「風」主宰・沢木欣一先生と「晴居」主宰・高木晴子先生。毎月両先生宛てに何枚もの葉書を送っては、掲載されるのを楽しみに、そして、俳句作りの励みにしていたものである。社会性俳句の歴史は勿論、俳句の可…
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『拝啓、良寛さま』その166

「短詩形の可能性・再び社会性について」 塩田に百日筋目つけ通し 澤木欣一 これは戦後まもなく、社会性俳句の旗手として活躍し、その後も風土俳句など即物具象で写生俳句の新たな地平を開いた澤木欣一の金字塔的作品である。のちに短詩形を感性による認識詩であると規定した澤木の、若き日の作品でもある。ここにある眼差しは如何なる感性…
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『拝啓、良寛さま』その165

「生き物感覚・金子兜太の「俳句力」 NHK学園生涯学習フェスティバル伊香保俳句大会での金子兜太先生の講演記録が載ったNHK学園俳句友の会の機関誌『俳句春秋』が送られてきた。兜太先生の演題は「俳句力」というものである。 「はて、人間ってなんだんべえ」というのが戦後二十年を経て、齢五十歳になろうとしていた兜太先生の問…
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『拝啓、良寛さま』その164

「森澄雄・生を詠う」 俳壇の第一人者であった俳人の森澄雄氏が先頃亡くなった。九十一歳だった。 (兵庫県姫路市に生まれ、長崎市で育った。1940年、加藤楸邨の俳誌「寒雷」創刊に参加した。九州帝大卒業後の42年に兵役につき、ボルネオで「死の行軍」を経験。復員後、高校教師を勤めながら、古典や漢籍に対する深い教養を背景に、<…
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『拝啓、良寛さま』その163

「現代俳句を読む」   嘗てブログ界に「安藤由人」なる人物がいた。 十年以上も前の話。故人となられた氏のことを今でも時々思い出す。その経歴を私は殆ど知らなかった。今も謎のままである。以前に句集を出しておられる様でもある。ブログ上でその俳句と詩に出会った。何度かコメントのやり取りもしたが、その後数年して亡くなったことを知っ…
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『拝啓、良寛さま』その162

「俳句は文学ではない考」 「俳句と文学」という文脈では、俳壇でよく取り沙汰される、あの石田波郷の言葉がある。 「俳句は文学ではない。」 文学性の本質の中には「個」の問題と共に、「つくりごと・創作」というという視点があるだろう。波郷が文学ではない、と言った時、それは、波郷がこころざしていた「打坐即刻」の俳句世界が…
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『拝啓、良寛さま』その161

「金子みすずという孤独」 月参りで訪問した訪問したお宅に金子みすずの次の様な詩が飾られていた。  さびしいとき  金子みすず  私がさびしいときに  よその人は知らないの。  私がさびしいときに  お友だちは笑ふの。  私がさびしいときに  お母さんはやさしいの。  私がさびしいとき…
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『拝啓、良寛さま』その160

「沢木欣一著・『昭和俳句の青春』・川口重美」 平成十三年十一月五日は「風」主宰・沢木欣一の命日である。東京武蔵野の自宅を仲間は「風木舎」と呼び慣わしていた。金沢から東京へ移り、東京芸大に勤めつつ、戦後の俳句界を牽引してきた一人である。亡くなられて十年が経とうとしている。「風」は終刊となり、その後「風」で学んだ者たちがいくつ…
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『拝啓、良寛さま』その159

「俳句は言いたいことを言ってはならない?」 時々拙ブログでもご紹介している「てらやまへメール」のいらくささんからのコメントにあった以下のようなツイッターの反応について考えてみたい。 〈あなたの俳句の最大の敵は、あなたの「言いたいこと」です。俳句は言いたいことを言うための形式ではないし、まして「言わなければならないこと…
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『拝啓、良寛さま』その158

「あるコメント」 「玉宗様の自己分析、奥方様の眼も、ご友人の眼も間違いではなく、多面的な性格なのでしょう。私の好きな岡本太郎氏は「貴方の職業は何ですか?」の問いに、「人間だ」とお応えだったと著書にありました。玉宗様は俳人か禅僧か、はたまた何者かと考えますに屈折した処が見えながら、あくまでも仏陀に従う修行者、人間なのだと理解…
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『拝啓、良寛さま』その157

三、俳人という私 エッセイ集『拝啓、良寛さま』の記事をUPしているのだが、第一章、第二章が終り、第三が最終章になる。これからは「俳句」に関した文章が続きます。われながら、とりとめもなく、盛りだくさんな、欲張りなエッセイ集であることよ。( ´艸`) 「俳句という生き方」 NHK学園生涯学習俳句講座和倉温…
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『拝啓、良寛さま』その156

「かまえることなく生きる」 能登半島地震に被災して実感として強く気付かされたことがいくつかある。災害にあうことも「縁」であるということ。諸行無常の在り様を端的に学んだという事。それらは私の都合でどうにかなったり、ならなかったりするようなものではない。「縁」は私の恣意で選べるものではないという当たり前のいのちの現実を知らされ…
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『背景、良寛さま』その155

「諸行無常の宗旨」 「死んだ後のことは宗教にまかせておけ」といったコメントがあった。 今でも「宗教」に対するこのような認識が常識化していることに聊か唖然としたのだがどうだろう。このような見解は少数に過ぎないのだろうか。方や、現代の若者に邪宗や迷信への傾斜があるようなことと考え合わせて、「宗教」にくくられている「禅」や「お…
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『拝啓、良寛さま』その154

「仏道という生き方」 市内にある福祉施設から職員を対象にした法話の依頼があった。世に福祉産業といった名称があるのかどうか存知しないが、時代の要請のしからしむるところといった観が否めない。常識化していると云ってもよい。人間社会には様々な生き方があるのが現実である。その道に入ったならばその道の作法、宗旨、規範、通塞があろう。福…
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『拝啓、良寛さま』その153

「宗教という言葉が死語になるとき」 先日テレビを見ていたらバラエティー討論といった感じの番組の中で「宗教は阿片だ!」と叫んだパネラーがいた。そのようなことを得々と言挙げする識者がまだいることに少なからず驚いたことだった。 「阿片」にも「覚醒」の効能があるらしいが、毒になるか薬になるかは病人次第だ。そのような心配よ…
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『拝啓、良寛さま』その152

「納棺師ボランテイア・面影作り」 東日本大地震の被災地では未だに遺体が発見されているのだという。遺された家族との最後の別れの役に立ちたい。そんな思いで傷みが激しい故人の顔に化粧を施しているボランテイア納棺師がいる。岩手県北上市の復元・納棺師の笹原留似子さんである。 故人の顔を安らかな表情にして化粧を施し、遺族と悲しみ…
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『拝啓、良寛さま』その151

「文明という方舟・宗教という方舟」 このたびの大震災そして大津波の被害は未曾有の出来事であったと云っていい。 被害状況が毎日報道、放映される中で、大型船がビルの屋上に難破しているものがある。津波の高さと強さの暴力性が如実に感じられる映像の一つである。あの映像からノアの方舟を連想したのは私だけであろうか。 過酷な…
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『拝啓、良寛さま』その150

「スケールの違う生き方」 仏典には「恒河沙」という表現がある。「恒河」とはガンガー河(ガンジス河)のことで、その河の砂の数という意味である。印度では聖なる河と崇められているガンジス。全長2510㎞の大河、というより巨大河。その河底にある砂となる数は想像を絶している。恒河沙の上に数字をつけて「六万恒河沙」とか「十億恒河沙」と…
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『拝啓、良寛さま』その149

「いのちの危うさ」 ここに来て若い人が立て続けに亡くなり、いやが上にもいのちの危うさに思いが及んでいる。 一人は私より一つ年下の男性。脳梗塞が死亡原因だった。急逝と言ってよい。年頃の子どもを遺しての他界。本人は無念の思いの湧く間もなく逝ってしまったが如くである。枕経の際に拝顔すると、うっすらと微笑しているようで、死ん…
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『拝啓、良寛さま』その148

「安いお経は究極のサービス?」 確なお布施のあり方に納得できず、明朗会計のお坊さん派遣会社を創業したお坊さんがテレビで紹介されていた。宗派は解らないが、依頼があればスタッフのお坊さん?(百人以上いるらしい)が派遣され、葬儀、法事などリストアップされたお好みの料金でお経をあげるというものらしい。あのNHKの全国ニュースでも取…
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『拝啓、良寛さま』その147

「死を証明しなければならない社会」 先日、輪島市内の信者さんのご主人が亡くなった。長いこと肺を病んで自宅で療養していた。奥さんと二人暮らしで、その日は朝になっても御主人が起きて来ない。胸騒ぎがして寝室へ駆け込むと眠るように息絶えていたのだという。枕経にお伺いして穏やかな顔を拝してきたことだった。 取り上げたいのは枕経…
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『拝啓、良寛さま』その146

「枕経で感じること」 死者の枕もとであげる読経を「枕経」という。 末期の水を含ませ、手を合わせデスマスクを拝していつも感じることがある。それは「ごくろうさま」という言葉に象徴される感慨である。 故人と私は殆ど他人であることが多い。にも拘らず、自然とそのような感懐が湧いてくるのをどうしようもない。まして遺族となっ…
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『拝啓、良寛さま』その145

「震災を生き延びた二人」 能登半島地震に被災したとき、夫人は台所にいた。咄嗟にガスの火を消し、神棚のある隣の間へ逃げ込んだらしい。本能的に広い空間へ向かったのだろうが、机の下に潜り込む間もなく天井が崩れ落ち、瓦礫に埋まってしまった。私は隣りの方丈にいたのだが、大きな揺れに歩くことも出来ず、外に面した壁際の柱に最後までつかま…
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『拝啓、良寛さま』その144

「風のような生き方」 先般亡くなった立松和平氏の後を受けて北国新聞文化欄に『いのちの旅 光に誘われて』が連載されている。書いておられるのは、「おくりびと」の原作者である作家・詩人の青木新門氏である。今回は「僧は千の風になればいい」という見出しになっていた。講演に行ったお寺で「千の風になって」を唱和する婦人部の檀信徒。縁側か…
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『拝啓、良寛さま』その143

「癖のある世界で功徳を積む」 先日、とある七十歳半ばの信者さんが相談にのってほしいと夫婦でお寺にやって来た。 聞けば、御主人の妹になる方の「手癖の悪さ」に困り果てているのだと云う。俄かには信じられなかったのだが、小さい頃から「盗み癖」がついているらしく、七十才を過ぎた年になっても時々、実家である我が家にやってきては泊って…
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『拝啓、良寛さま』その142

「本物と偽物、どれも実物」 穏やかな冬の始め。風もないのに音もなく散る木の葉もある。そのような、なんともない穏やかな日であっても、人間というものは様々な思いを抱いて内心穏やかならぬ日送りをしたがる動物だと思うことがある。取り越し苦労や後悔の念等、妄想が先走り、或いは後から迫ってくる始末。ものを思わねばならぬかのように人は生…
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『拝啓、良寛さま』その141

「布施は人の為ならず」 世に言う「情けは人の為ならず」は、人のためにならないから情けをかけるべきではないとか、結局は自分のためなのだから情けは大切なものだとか、世間では二通りの解釈があるらしい。 「情をかける」という行為も一つの「布施」であることは相違ないだろう。身と口と心の三業を以って貪りの世界に生きることもできる…
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『拝啓、良寛さま』その140

「身を捨ててこそ」 生ぜしも独りなり 死するも独りなり されば人と共に住するも独りなり 一遍上人のお言葉である。いのちの実相。それは自己ぎりの世界である。「自己」とは何か?いのち、それは孤独なものではあるが孤立しているのではない。存在、そのものが既に「縁」という「条件下」の代物である。それと共に、抓れば痛いの…
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『拝啓、良寛さま』その139

「いのちの教育」 高校一年の女子生徒がクラスメートを殺害し、死体を解体していたという事件が起きた。マスコミでは彼女の生い立ちや家族の事情などが取り上げられ、いつものように差し障りのない識者のコメントが流される。事件が起きた自治体や学校では「いのちの教育」「道徳教育」に取り組んでいた矢先のことで戸惑いの声もあるというよう…
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『拝啓、良寛さま』その138

「理想と現実」 一般社会では今頃新入社員や新入生が新天地の空気を腹いっぱい吸って夢もうつつな日常を過ごしているのだろう。教える者と教わる者。新参と古参。先輩と後輩。上司と部下、そして同僚と云う競争相手。なかなかに賑やかな人に世ではある。それは修行道場の現場に於いても同様の人間風景でもある。なにごとも思い通りにはいかないこと…
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『拝啓、良寛さま』その137

「生きてゆく力・空に生きる」 生きている私とは、人の世に生きているのである。様々な関わり合いの中で支えられ、揉まれ、癒され、傷付き、学んでいる私という取るに足りない存在。私という掛け替えのない存在。相対的であり且つ、絶対的でもある領域を生きている私のいのち。ときに生きていく力がなくなりそうになるときがある。もっと生きていく…
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『拝啓、良寛さま』その136

「こころ忘れて今を生きる」 能登の片田舎の寺に閑居している如き私であるが、暇とか多忙とか言われる際のこころの在り処を点検してみたい。 人間、暇があると魔が差すと言われるが、逆に暇なしというのもなんだか危うい感じが拭いきれない。「忙しい」という字は、心を亡くすと解釈するのが世の通例で、余り褒められた状態ではないもの…
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『拝啓、良寛さま』その135

「仏道というかたち」 前回の俳句では「詩心」という謂わば「かたちならざるもの」の「昇華」といったようなことであると結論付けたつもりであるが、「仏道」という生き方に於いてもそれは同様の根回しが必要であろう。つまり、ここに「わたし」に拘り、「わたしの世界」に苦悩する存在が先ずあったということである。それは「詩心」とはまた少…
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