童心の奇跡

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天上も淋しや雪を降らしては 玉宗

てらやまへメールhttp://terayamahe.seesaa.net/の作者は短歌・俳句・そして詩の実作者である。今回は氏の童謡詩人としての面目躍如たる詩篇を紹介したい。その原詩はご覧いただければ解るように、絵文字ならぬ「文字絵」というべき斬新な様式である。内容的には絵本のような、童謡のような素振りであるが、底流には被災地福島からのメッセージが込められていることを知られるであろう。
物分かりの良すぎる大人のような説明調や理屈優先ではなく、素なる感性と言っていい童心を貫いている。芭蕉は俳諧は三尺の童に習えと云った。「荒海や佐渡によこたふ天の川」も「夏草や兵どもが夢の跡」も童心に習った奇跡であろう。そのような童心でなければ見えない、見ようとしない現実の真相、流行の彼岸に臨む普遍性。

            ゆき

           きはただ
         だまってたってい
       るちるのがいやだとかはる
      にはまためをだしてはなをさか
     せてとりをよんであげるとかなんに
    もやくそくをしないでたっているそのこ
    とをよくしっているそらがかぜをよこす
    かぜははじめはやさしくあそんでいたけ
    どやがてぴゅーとやってしまうあっかぜ
    はつかれてしまったんだねそういってゆ
    きがきたそのよるとっぷりとまっしろい
     ぼうしをかぶってどこもかしこもま
      っしろいもりにくらくらした
           きはその
           まっしろ
           のびじょ
           んのなか
           でちょっと
           ずつみどり
   のえかきになってもいいかなとおもいはじめた


ブログには上のように発表されている。全文ひらがなである。ひらがなであることも、文字絵で読みづらいことも作者の意図するところであろう。先ず詩を理解しようと読み飛ばす分別心への挑戦があるのだろう。言葉は絵と同じように魂のオブジェとでも言いたげである。それがそのまま氏の批評精神である。氏には叱られるかもしれないが、敢えて読み下した文章を載せてみる。内容的にも如何に詩的充実を達成しているものであるかを知る参考になればと思う。

「雪」

木は只黙って立っている
散るのが厭だとか
春にはまた芽を出して
花を咲かせて鳥を飛んであげるとか
なんにも約束をしないで立っている
そのことをよく知っている空が風をよこす
風ははじめはやさしく遊んでいたけど
やがてぴゅーとやってしまう
あっ 風は疲れてしまったんだね
そう言って雪が来た
その夜 とっぷりと真っ白い帽子を被って
どこもかしこも真っ白い森にくらくらした木は
その真っ白のビジョンの中で
ちょっとずつ緑の絵描きに
なってもいいかなと思い始めた

  崩壊した故里の再生への願いと共に、そんな被災地に生きざるを得ない人間の希望。詩人は愛を語るにも神のように何気なくてはならない。


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その他にも以下のような作品を発表し続けている。

                 
              ごはん

            らいむぎぱんなんかに
       めーぷるしろっぷのあさごはんなんて
     さみしいごはんがだいすきなとうほくのひと
     なのであさもひるもよるもごはんをたべてい
      たいろんどんにほーむすてぃしたときば
     ーびーはむすこからもらったすいはんきをじ
    まんげにみせてくれたけれどいちどもごはんをた
    いてくれなかったそれでわたしはまいにちそーほ
    ーにいっておひるごはんをたべたきっこーまんの
    しょうゆがあるとうれしくてしろいごはんにかけた
    だからいまはあさごはんにしょうゆをかけてたべ
    るのなんかぜんぜんきにならないのにしんまいが
    こわくてぱんをたべているぱんをたべぱすたをた
    べぶたまんをたべときどきごはんなんてさみしい
    わたしはみずほのくにのどうながおんななのでど
    うのなかにはいにもちょうにもいつもいつもない
    ているときもおこめをいれてあるいていたいのだ


「ごはん」

ライ麦パンなんかにメープルシロップの朝ご飯なんて
淋しいしいご飯が大好きな東北の人なので
朝も昼も夜もご飯を食べていたい
ロンドンにホームステイしたとき
バービーは息子から貰った炊飯器を
自慢気に見せてくれたけれど
一度もご飯を炊いてくれなかった
それで私は毎日ソーホーに行って
お昼ご飯を食べた
キッコーマンの醤油があると嬉しくて
白いご飯にかけた
だから今は朝ご飯に醤油をかけて食べるのなんか
ぜんぜん気にならないのに
新米が怖くてパンを食べている
パンを食べパスタを食べ
豚マンを食べ
時々ご飯なんて淋しい
私は瑞穂の国の胴長女なので
胴の中には胃にも腸にも
いつもいつも
泣いているときも
お米を入れて歩いていたいのだ

  政治家も泣く子には勝てぬだろう。詩人がときに痛烈な社会批評家である所以である。




   さくら

     さくらどおりをかいせいざん
       からえきにむかって
        あるいたとちゅう
         でおかしを
         かってごは
         んをたべて
         ぱんをかっ
         てさんじか
         んでいえに
      ついたとかいてもなんで
     もないにっきだけれどよんき
  ろのみちとほですれちがったのは
  ごにんもいないうらみちにちょっと
  はいったりしてあるいてきたますく
  をかけてあるいてきたよっぱらいの
   せいげつがこどもにいしをなげられ
  たとこなんかかんがえながらあるい
  てきたでないとじぶんがふわふわし
  てしんげつのよるにたおれてしまい
  そうだったからせいげつをたすけお
  こしてせいげつとゆきのはいくなん
  かつくってせいげつにさくらどおり
  にさくらはないとせつめいしながら


「桜」

桜通りを
開成山から駅に向かって
歩いた途中で
お菓子を買って
ご飯を食べて
パンを買って
三時間で家に着いた
と書いてもなんでもない日記だけれど
四キロの道徒歩で擦れ違ったのは五人もいない
裏道にちょっと入ったりして歩いて来た
マスクをかけて歩いて来た
酔っ払いの井月が
子供に石を投げられたとこなんか考えながら歩いて来た
でないと自分がふわふわして
新月の夜に倒れてしまいそうだったから
井月を助け起こして
井月と雪の俳句なんか作って
井月に桜通りに桜はないと説明しながら

  死の町と言ったり、上から目線の物言いで辞任した大臣がいたが、彼らにもう少し井月と語れる風流心があったら復興に差し障ることもなかっただろうに。


               さかな

              じょしあなは
           じょしきゅうじゅっぱーせんと                   み
       あなじゅっぱーせんとだったからしかもじょしの          えない
     うちわけははきゅうじゅっぱーせんとつまじゅっぱーせんと     shackleを 
  だったからするりとさかなのようにすりぬけていってしまったのです ならしてふく
   かなざわはわたしもだいすきですことじとうろうというおいしい     しまのごく
    おかしをおみやげにいただいたことがありますじつはばん       しゃをいき
       ぐみはみたことがなかったのでわたしはちっとも           るこども
          がっかりしていませんただちんもく                  のた
               していてください                        め 



「魚」

女子アナは
女子90パーセントと                   
アナ10パーセントだったから
しかも 女子の内訳は
母90パーセント妻10パーセントだったから
するりと魚のようにすり抜けて行ってしまったのです
金沢は私も大好きです
ことじ灯篭という美味しいお菓子をお土産に戴いたことがあります
実は番組は見たことがなかったので
私はちっともがっかりしていません
ただ沈黙していてください                        

見えないshackleを鳴らして
福島の獄舎を生きる子供のために 

 ことばに体重を掛けて生きる詩人の矜持。 



 にんじん

           にんじんに
     かんしゃしたことなんてなかった
     でもけさはふかくかんしゃしてい
      ままでのにんじんけいしをあや
      まったきのうでぱーとでにんじ
       んをかったのでけさおもいつ
       いてなまでたべたやさいが
       こわくなってからもそのま
       えからもにんじんはとくに
        あいしていたわけでは
        ないのにしょうどうて
         きにたべたおいし
         かったうさぎみた
         いにたべたから
          あかいめを
          していた
           かもし
           れな
           い 
    



「人参」

人参に感謝したことなんてなかった
でも今朝は深く感謝して
今迄の人参軽視を謝った
昨日デパートで人参を買ったので
今朝思いついて生で食べた
野菜が怖くなってからも
その前からも
人参は特に愛していた訳ではないのに
衝動的に食べた
美味しかった
兎みたいに食べたから
赤い目をしていたかもしれない 

  兎は淋しさで死んでしまう。詩人はこれからも福島の人参を愛し赤い目をして生きていくことだろう。


              あんぱん

             にいなめさい
         でいさかっているひととひと 
      おぺらかんしょうでいさかっているひとと
    ついったーはあさもひるもよるもいさかっている
   わたしはきょうみしらぬこのほそいくすじにわびたひ
  とこともせめないこどもにまちなかのでぱーとのえれべ
  ーたーでいっかいからじゅつかいにいくあいだなんかい
  もわびたもうにどとあわないかもしれないのでごめんね
  こんなまちにしてとなんかいもなんかいもおろかなおお
   むのようにわびたあとすこしあんぱんまんをしんじて
    いてねとわびたこえにはだせなくてみつめるのが
     ゆるされるていどにみつめてあやしいおば
       さんのいっぽてまえまでみつめて
          ふゆのぼうしふかめに        
              かぶって



「餡パン」

新嘗祭でいさかっている人と人 
オペラ鑑賞でいさかっている人と
ツイッターは朝も昼も夜もいさかっている
私は今日見知らぬ子の細い首筋に詫びた
ひとことも責めない子供に
街中のデパートのエレベーターで
一階から十階に行く間
何回も詫びた
もう二度と会わないかもしれないのでごめんね
こんな街にしてと
何回も何回も
愚かな鸚鵡のように詫びた
あと少しアンパンマンを信じていてねと詫びた
声には出せなくて
見つめるのが許される程度に見つめて
あやしいおばさんの一歩手前まで見つめて
冬の帽子深めに被って


  詩人も又、九十パーセント女子である。十パーセントの詩人が被災者の子供を前にして言葉を失っている。そしてこの沈黙が詩人の掛け値なしの真心なのである。

  

ばなな 

   つ 
    きはしあ
      わせにたえ
       かねてしあ
         わせをちょっと
          すててみたすこ 
           しずつすこしずつ
            あるひはんぶんにな
            ってああこれでちょうどい
             いとおもったのにすてるく 
             せがとまらないついになんに
             もなくなってしまったでもいい
              かとあきらめたらふとめがわれ
              しんげつというきはずかしい
             なでよばれていたきもちよく
             なってうっとりとしていたらに
             んげんのこどもがさんにん
            きてばななといってゆびさし
            ただんじてばななではない
           もっとけいいとろまんを!
           しかしじゅういちがつつ 
          たちとじゅういちがつ
         さんじゅうにちのどっち
        かだけはばななでいい
       よとわらっていった
      みたいですまあつき
     ってもんはすましが
    おしてこどもたちに
   はあまいもんだ
    からねえ
    


「バナナ」 

月はしあわせに耐えかねて
しあわせをちょっと捨すててみた
少しずつ少しずつ
ある日半分になって
ああこれでちょうどいいと思ったのに
捨てる癖が止まらない
ついになんにもなくなってしまった
でもいいかとあきらめたら
ふと目がわれ
新月という気恥かしい名で呼ばれていた
気持ちよくなってうっとりとしていたら
人間の子供が三人来て
バナナと言って指差したた
断じてバナナではない
もっと敬意とロマンを!
しかし十一月一日と
十一月三十日のどっちかだけは
バナナでいいよと笑って言ったみたいです
まあ 月ってもんは澄まし顔して
子供たちには甘いもんだからねえ

大人とは夢を見る事を、夢を語ることを忘れた人間のことではなかろうか。分別ある大人が人生に後ろ向きであり、一歩も未来へ進んでいないのではないかと顧みるのも無駄ではなかろう。










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この記事へのコメント

いらくさ
2011年12月01日 05:06
吃驚しました。
ありがとうございます。
つたないいらくさ語
見事解読していただきました、
大切な時間をもったいなく存じます。
深く感謝申し上げます
市堀
2011年12月02日 15:42
いらくさ様。
解読するのに時間が掛りましたが、期待通りの優れた詩に感動しました。
今日の「こんぺいとう」もいいです。
絵本で刊行というのもいいですね。
ご健筆を。
合掌

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